【「残業代ゼロ」容認 「働く人守れない」過労死遺族ら反発】

2017年7月14日
毎日新聞

連合が労働基準法改正案の修正を安倍晋三首相に要請し、成果型労働制と言われる「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)の導入を事実上容認したことに対し、過労死した人の遺族や連合傘下の労組などから反発が相次いでいる。「全国過労死を考える家族の会」の寺西笑子(えみこ)代表(68)は「高プロは働く人を守れない。何とか阻止したい」と話した。

連合の神津里季生(こうづ・りきお)会長は13日、年収1075万円以上の金融ディーラーなどの専門職を、労働時間の規制や残業代の支払い対象から外す高プロ創設に関し、年間104日以上の休日確保を義務化するよう安倍首相に要請した。

寺西代表は「『残業代ゼロより過労死ゼロ』を掲げる連合と、ともに闘ってきた。方針転換に憤っている。今以上に成果を求められてサービス残業が増えるだけ」と批判した。

連合傘下の産業別労組「UAゼンセン」に加入する関東の中小繊維産業労組の書記長は「いまだに上部組織から説明はなく、理解できない」と疑問視した。
西日本の電機部品メーカーの労組委員長は「電機産業の労使は今年3月に『長時間労働の是正は労使で取り組むべき重要な課題』と共同宣言を出したが、高プロ容認は逆行ではないか」と話した。
また、全労連の橋口紀塩事務局次長は「我々は高プロ導入反対を貫く」と述べた。

ユニオンからコメント

いわゆる「残業代ゼロ法」や「裁量労働制の拡大」を、労働者代表である連合が認めたことに反発の声が上がっているというニュースです。

「高度プロフェッショナル制度」とは、為替・証券ディーラーやアナリストなどの専門職について、労働時間の規制や残業・休日・深夜割増賃金の支払い対象から外す制度です。2007年第1次安倍政権時代に法制化を断念せざるを得なかった(日本版ホワイトカラー・エグゼンプション)の代替案として、政権を取り戻した2015年4月に閣議決定された制度ですから導入への安倍首相の執念を感じます。

これまでの連合は「残業代ゼロ法案」「過労死を増やす」と廃案を強く主張してきました。罰則や過労死対策が不十分で、制度が乱用される心配が根強く残っているからです。

【働かせ放題 残る抜け穴】

残業時間の上限規制が導入される。ところが、政府がまとめた働き方改革の実行計画には、一部の働き方を残業代支払いの対象から外すことによる、別の抜け穴が用意されていた。労使で定めたみなし労働時間を超えても残業代が払われない既存の裁量労働制の拡大や、高収入の専門職で働く人を残業代支払いの対象外とする「高度プロフェッショナル制度」の新設だ。これら制度は行政による監視の目が届きにくく、裁量労働制の乱用は後を絶たない。労働政策研究・研修機構(東京)の2013年調査では、裁量労働制とされながら出退勤の自由がない人が4割を占めた。裁量労働制は深夜休日に働いた分の賃金は追加で支払われるが、高度プロフェッショナル制度はそれすらなく、「全く歯止めのない働かせ放題の制度」と労働者側はより危険視する。(2017年4月4日 東京新聞)

事実、連合が強く批判し法案の取り下げを求めていたことで、この制度を含む労働基準法改正案は審議すらされていませんでした。ところが、連合が容認したことで国会で2年以上もたなざらしにされていた「高度プロフェッショナル制度」を含む改正案が再び提出されることになったのです。

「年間104日以上の休日確保」と明記することで政府は(世論の批判をかわし)、「実を取る」と連合会長が(成果を誇り胸を張る姿)は、長時間労働規制を決めたときにも見られた光景です。まもなく経団連会長の(自画自賛)も登場するでしょう。

【ご参考】【残業上限「100時間未満」】

連合の突然の方針転換については組合内部からも強い反発が出ています。安倍政権にすり寄り過ぎたことで、労働者代表としての存在意義までもが問われる事態になっています。一部の上層部が決定し、丁寧に説明せず押し切る姿勢も安倍政権とよく似ています。

【連合転換、調整後回し】

「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」について、連合が導入の容認に転じた。傘下の労働組合の意見を聞かず、支援する民進党への根回しも十分にしないまま、執行部の一部が「方針転換」を決めていた。組織の内外から「変節」に異論が噴出しており、働き手の代表としての存在意義が問われる事態になっている。
交渉を進めたのは、執行部の一部のメンバーだ。このメンバーは、政府や経団連と水面下で調整する一方で、組織内の根回しは直近までほとんどしていなかった。組織内から公然と批判する声も出てきた。派遣社員や管理職などでつくる傘下の「全国ユニオン」は、「手続きが非民主的で極めて問題。組合員に対する裏切り行為で、断じて認めるわけにはいかない」などとする鈴木剛会長名の反対声明を出した。
労働問題に詳しい法政大学キャリアデザイン学部の上西充子教授も「連合は『実を取る』と言うが、実質的に容認と変わらない。内部の合意形成もないまま執行部だけで急な動きを見せている。組織として非常にまずい」と手厳しい。「労働弁護団や過労死遺族の団体など一緒に反対してきた団体ともすりあわせた形跡がない。今の連合は労働者の代表とは言えない」。神津氏は「いまの内容に比べれば大幅に改善される」と胸を張ったが、104日という日数は、祝日を除いて週に2日を休みにすれば足りる。それに臨時の健康診断を実施すればOKになり、今の法案と大きくは変わらない。裁量労働制で新たに対象業務になる法人向け営業については、一般の営業職が対象にならないよう明確にすることを要請したが、この内容もこれまでの政府の説明と変わらない。(2017年7月14日 朝日新聞)

課題について真摯に議論せず、強引に成立させて押し切る、そのような姑息な手法を用いる安倍政権や連合に冷や水を浴びせるような判決が最高裁で確定しました。労働基準法の原則に立ち返り、年棒1700万円で勤務していた医師の残業代を支払うよう命じたのです。

【最高裁 医師の定額年俸「残業代含まず」】

残業代込みの医師の定額年俸が有効かどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(小貫芳信裁判長)は7日、「残業代と基本給を区別できない場合は残業代が支払われたとは言えない」として無効と判断し、2審・東京高裁判決の残業代に関する部分を破棄し、未払い分を計算させるために審理を同高裁に差し戻した。最高裁は医師のような高い報酬を得ている専門職でも例外は認められず、残業代を分けるべきだと示した。
「働き方改革」を巡る今後の議論にも影響を与えそうだ。最高裁は、労働基準法が残業代に関して使用者に原則25%以上の給与割り増しを義務付けている点を「時間外労働を抑制する目的がある」と指摘。裁判官4人全員一致の意見。
水町勇一郎東大教授(労働法)は「1、2審は『高い報酬を支払えば残業代の区別は必要ない』としたが、最高裁は労基法の原則に戻して判断した。勤務医は実際には裁量がない人が多く、労基法の保護が必要。妥当な判断だ」と見る。最高裁判決は、残業代の区別が不明確な給与の支払いは、ほぼ例外なく認められないとの立場を鮮明にし、労基法の原則を順守するよう改めて使用者に求めた。今後、報酬の多寡に関わらず、労使の残業代を巡る訴訟に影響を与えていくとみられる。(2017年7月7日 毎日新聞)

連合と安倍政権が急接近している理由は、お互いの利害が一致したことにあります。実際、連合の主要組織では自民党支持が高くなっています。そして、連合が存在感を示したい最大の理由は、組織率(労働組合に加入している労働者の割合)の減少です。連合自身、組合員数の減少傾向に歯止めがかかっていないことを談話で認めています。
組織率が17.3%ということは、80%以上の労働者が労働組合に加入していないということですから、労働者を代表する組織とは言い難い数字です。

【首相と連合、思惑一致 戸惑い広がる民進】

政府と連合が13日、「高度プロフェッショナル制度」の導入に向けて歩み寄ったのは、「働き方改革」の具体化で政権の再浮揚を目指す安倍晋三首相と、労働政策で存在感を示したい連合の思惑が一致したためだ。神津里季生会長は制度容認を「方針転換ではない」と繰り返したが、安倍政権の助け舟になったのは間違いない。2012年末の第2次安倍内閣発足後、首相が経済界に直接、賃上げを要請する「官製春闘」が定着した。民進党が低迷する中、連合は安倍政権に接近。報道各社の世論調査で内閣支持率の下落が止まらず、安倍政権は焦りを強めている。秋の臨時国会で残業時間の上限規制などを含めた法改正を実現するには、民進、共産両党が「残業代ゼロ法案」と批判してきた高度プロフェッショナル制度に連合の協力を得る必要があった。(2017年7月14日 毎日新聞)

【ご参考】【基幹労連の組合員、自民支持が民進を上回る】

【ご参考】【「平成28年労働組合基礎調査の結果」に対する談話】日本労働組合総連合会

【ご参考】【平成 28 年「労働組合基礎調査」の結果】厚生労働省(PDF:124KB)

組合員数の減少が著しい連合、存在意義が失われつつある経団連、支持率が急降下している安倍政権の3者は妙に気が合うのかもしれません。とはいえ、連合はあくまでも労働者代表としての立場を忘れてはならないはずです。連合の方針転換によって、労働基準法が改正されるのは間違いありませんが、その内容に問題が残っていることも事実なのです。

すでに解決済みの感がある「時間外労働の上限規制」では、過労死遺族から「過労死ラインにお墨付きを与えた」と強い反対の声が出されていました。「過労死ライン」と呼ばれる厚生労働省の(労災認定基準)は、(発症直前1か月におおむね100時間、または2~6か月前に月平均80時間以上の残業をしていた場合)としています。

【残業規制 19年春にも 労政審報告、3法改正認める】

厚生労働相の諮問機関、労働政策審議会は5日、残業時間の上限規制を盛り込む労働基準法など3法の改正を「適当」とする報告を塩崎恭久厚労相に提出した。報告書は、今年3月に決定した政府の「働き方改革実行計画」を追認する内容。残業時間について、上限を原則月45時間、年360時間とする▽繁忙期の特例の上限は単月100時間未満、2~6カ月の期間で月平均80時間以内、年間計720時間以内とし、罰則による強制力を持たせる▽自動車運転業務や建設業、医師への適用を5年間猶予する――などをいずれも「適当」とした。報告書は、労基法の指針に「休日労働の抑制」を努力義務として明記することを求めた。終業から次の始業まで一定の休息時間を取る「勤務間インターバル制度」を導入する検討を企業ごとに労使で行うことも盛り込んだ。(2017年6月6日 毎日新聞)

【ご参考】【時間外労働の上限規制等について(建議)】厚生労働省(PDF:596KB)

「働き方改革実行計画」に盛り込まれ、建議(政府に意見を申し立てること)された残業時間規制の内容は、(繁忙期の特例の上限は単月100時間未満、2~6カ月の期間で月平均80時間以内)となっていますから、「過労死ライン」とまったく同じです。

(おおむね100時間)が(100時間未満)にはなりましたが、罰則についての具体的な言及がなく、休日労働の抑制やインターバル規制については努力義務とあいまいな表現に止まりましたので、「過労死ラインを合法化しただけ」との批判を免れることは出来ません。

連合は、ほとんど議論されていない「高度プロフェッショナル制度」の導入を容認したことについて「実を取る」と表現しました。「相手に花をもたせる」ような、形にこだわらず内容や実質を優先させるという意味ですが、労働基準法の原則を守り抜くというメッセージの発信や罰則強化への活発な議論につながらなければ「実」すら取れません。

働き方改革は今後、同一労働同一賃金やテレワーク、外国人労働者問題へとテーマが移っていくでしょう。労働基準法改正をめぐる政府・経団連・連合の駆け引きを眺めていると、働き方改革に本当に必要なのは、(はたらく側が意識を変えていくこと)なのだと改めて感じます。

【「仕事終われば帰る」過去最高48% 新入社員意識調査】

まわりが残業していても、自分の仕事が終われば帰ろう――。そう考える新入社員が約半数にのぼることが、日本生産性本部が26日発表した新入社員の意識調査でわかった。長時間労働の是正など「働き方改革」への関心が高まるなか、自分の時間を大事にしたいという意識が高まっているようだ。「職場の上司、同僚が残業していても、自分の仕事が終わったら帰る」という項目に「そう思う」「ややそう思う」と答えた人の割合は計48.7%。前年度より9.9ポイント高く、2001年度以降で最高だった。「デートの約束があった時、残業を命じられたら」との質問には「ことわってデートをする」が前年度より6.1ポイント高い28.7%だった。調査を担当した同本部の岩間夏樹客員研究員は「会社に酷使されないかと不安を感じる新入社員が増えている。プライベートの時間をどれだけ保てるかへの関心が高まっている」と指摘する。(2017年6月27日 朝日新聞)

【ご参考】【平成29年度新入社員 働くことの意識調査結果】公益財団法人日本生産性本部(PDF:876KB)

出典元:毎日新聞・東京新聞・朝日新聞・日本労働組合総連合会・厚生労働省・公益財団法人日本生産性本部