【残業上限「100時間未満」 首相要請、繁忙期で労使決着】

2017年3月14日
日本経済新聞

政府が進める働き方改革の柱である残業時間の上限規制を巡り、繁忙月に例外として認める残業を「100時間未満」とすることが固まった。安倍晋三首相が13日、首相官邸で経団連の榊原定征会長、連合の神津里季生会長と会談して要請。労使ともに受け入れる方針で、政府は月内に非正規の待遇改善策なども盛り込んだ実行計画を策定する。

両会長は13日、首相との会談に先立ち、残業時間の上限規制に関する合意文書を作成。時間外労働の上限は労使協定を結べば年間720時間、月平均60時間まで認める。焦点の繁忙月の上限については「100時間を基準とする」との表現を盛り込んだ。

両会長は13日、首相との会談に先立ち、残業時間の上限規制に関する合意文書を作成。時間外労働の上限は労使協定を結べば年間720時間、月平均60時間まで認める。焦点の繁忙月の上限については「100時間を基準とする」との表現を盛り込んだ。

17日に開く働き方会議では政労使の合意として「100時間未満」が提示される見通しだ。年内に労働基準法改正案などを国会に提出し、2019年度の運用開始を目指す。

労使合意には終業から始業までに一定の休息を設ける「勤務間インターバル制度」導入を法律に盛り込むことも明記。残業規制導入から5年経過後、過労死の労災認定状況などを踏まえ、上限を見直す。現在は適用除外となっている建設や運輸などの業種は運用までの猶予を設けることで政府と経済界は調整する。

ユニオンからコメント

働き方改革で議論されている残業時間の上限規制について、忙しい月に例外として認める残業時間を「100時間未満」と明記することが決まったというニュースです。

【「過労死容認」批判、回避狙う 残業上限、首相が「裁定」】

労使の意見が鋭く対立してきた残業時間の上限規制をめぐる労使協議。最大の焦点だった「きわめて忙しい1カ月」の上限は、安倍晋三首相の「裁定」により、連合が主張する「100時間未満」という表現で決着する見通しだ。
「100時間」への風当たりが国会内外で強まるなか、政府内に「過労死ラインと距離を置きたい」という認識が広がった。交渉の経緯を知る関係者はこう指摘する。「国会で『過労死容認』と言われたくない、という一点に尽きる」。
だが、そもそも「過労死ライン」ギリギリまで残業できる規制に対する働き手の疑問の声は根強く、批判はやみそうにない。(2017年3月14日 朝日新聞)

経団連が「100時間以下」、連合が「100時間未満」と対立したままお互い譲らないので、安倍首相が間に入って「99時間59分」で決着させたということのようです。
100時間について「到底ありえない」と言っていた連合の神津会長は「非常に大きな改革だ」と自画自賛し、経団連の榊原会長は「首相の意向を重く受け止める」とコメントしています。電通事件の遺族の前で、涙を浮かべて「何としてもやり遂げる」と語った安倍首相も決着を「画期的」と高く評価しました。

【「月100時間、ありえない」 過労死遺族ら憤り】

電通の新入社員、高橋まつりさん(当時24)の過労自殺をきっかけに、社会問題になった長時間労働。「月100時間」の残業は、過労死ラインとされる「月80時間」を超えてしまう。過労死遺族や過労に苦しんだ人らは「納得できない」「あり得ない」と声を上げた。
「長時間労働は健康に極めて有害なことを知っているにもかかわらず、なぜ法律で認めようとするのか。全く納得できない」。高橋さんの母、幸美さん(54)は13日、こうコメントした。高橋さんが鬱病発症直前に「月105時間」の残業をしたことを労働基準監督署が認定。幸美さんは「娘のように仕事が原因で亡くなった多くの人たちがいる。死んでからでは取り返しがつかない」と訴える。(2017年3月13日 産経新聞)

これまで青天井だった残業時間に改めて規制を設けるのですから、一歩前進したようにも見えますが、反発が根強いのはなぜでしょう。それは、今回決められた「100時間未満」が、「会社が命令できる残業時間」に他ならないからです。

残業は、会社の就業規則に「業務上必要がある場合には残業(時間外労働)を命じることがある」という定めがあれば、残業命令に労働契約上の根拠があるとされます。また、36協定が締結されている場合、その範囲内での残業命令は違法になりません。

命じられた側は、原則として残業を拒否することができません。命令に従わなければ「業務命令違反」として懲戒処分を科す就業規則がほとんどですから、処分を受ける可能性があります。このため、「死ぬ寸前まで働けと命令できる」という反発があるのです。

上限時間を区切ることと同時に、罰則強化の具体的な議論が必要でした。現在の「30万円以下の罰金」から、どの程度厳罰化するのか。そこまで厳しくするなら、会社も無理はさせないだろう。そのような議論がなければ、労働者側の納得は到底得られません。

従業員は命令に従わなければ処罰され、解雇もあり得ます。ところが、命令を出す側の会社は、ルールを守っていないケースがまだまだ多いことが厚生労働省の発表から明らかになりました。この調査は、電通事件が大きく報道された後に行われています。

【違法残業、事業所の4割で確認 厚労省7000カ所調査】

厚生労働省は13日、昨年11月に月80時間超の残業が疑われる7014事業所を立ち入り調査した結果、2773カ所(39.5%)で労使協定を上回るなど違法な残業を確認したと発表した。従業員の労働時間を適切に把握していないとして、労働基準監督署が指導した事業所は889カ所(12.7%)に上った。
昨年11月は7014事業を調査した結果、67.2%の4711カ所で労使協定を超える残業や賃金不払い残業などの労働基準関係法令違反を確認した。(2017年3月13日 日本経済新聞)

【ご参考】【平成28年度「過重労働解消キャンペーン」の重点監督の実施結果】厚生労働省

残業時間の上限規制だけでは、「働かせ方」について議論しているに過ぎません。会社の処罰は後で考えよう、過労死が減らなければ5年後に見直そうでは、過労死の問題は置き去りにされたと言わざるを得ません。日本は、2013年に「過労死」について国連の機関から勧告を受けたときにも目を逸らしてしまいました。

【「日本は過労死対策を」国連委員会が政府に初勧告】

人権を保障する多国間条約の履行状況を審査する国連の社会権規約委員会が日本政府に対し、長時間労働や過労死の実態に懸念を示したうえで、防止対策の強化を求める勧告をしていたことが23日、分かった。外務省によると、国連の関連委員会が過労死問題に踏み込んだ勧告を日本に出すのは初めて。法的拘束力はないが、対策の実施状況について定期的な報告を求められる。勧告は17日付。
「多くの労働者が非常に長時間の労働に従事し、過労死が発生し続けている」と指摘し、「長時間労働を防ぐ措置を強化し、労働時間の制限に従わない事業者らに対し予防効果のある制裁を適用する」よう強く求めている。勧告について厚生労働省は「尊重する義務がある。内容をよく確認したい」(国際課)としている。(2013年5月24日 日本経済新聞)

ILO委員を務める横田洋三氏は「国連の各種委員会は10年ほど前から、日本の過労死や過労自殺を問題にしてきた。勧告は条約に違反した締約国への最も強い措置の一つ。労働環境が改善しない日本への国連のいら立ちを示したものといえる」と指摘しています。そして今年、アメリカ国務省の人権報告書にも「過労死」という記述が登場しました。

【米人権報告書に「karoshi(過労死)」】

米国務省は3日、約200カ国・地域を対象にした2016年の「人権報告書」を公表した。
日本に関しては、広告大手、電通の新入社員の女性が過労自殺したことや、メディアへの政権の圧力を指摘。
過労死については、電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24)が15年12月に自殺した事件に言及。「karoshi」という日本語を使い、遺族から厚生労働省への訴えが続いている中で「特筆すべき事例」として挙げた。1カ月に130時間に及ぶ時間外労働と、睡眠時間が週にわずか10時間だったという記録を示し「過労がもたらす深刻な結果に、新たな関心を引きつけた」とした。(2017年3月5日 朝日新聞)

「以下、未満」の言葉遊びになってしまい、「100時間」が一人歩きしてしまった今回の議論ですが、残業時間100時間を実際にイメージしてみましょう。
休日や休憩などが守られている前提で法定労働時間から逆算すると、およそ「月曜から金曜の9:00から23:30まで仕事をする」になります。

つまり、1か月間、平日のほとんどを、日付が変わるまで仕事をしなければならない状態になります。この業務を命令され、「拒否すればクビになる」と無理をして、「過労死の一歩手前」になってしまう人が少数であるとは言い切れません。

過労死を防ぐには、心身不調の人に無理をさせないことがもっとも重要です。
仮に、仕事が忙しくて100時間に近い残業をさせるのであれば、会社は個別協定などを検討するべきでしょう。職場単位の一律ではなく、個々の納得を得ることです。残業の必要性を説き、無理そうな人には残業時間を減らす。それでいて、職場で肩身の狭い思いをさせない。そのような職場であれば、従業員がSOSを発信しやすくなり、過労死を未然に防ぐ効果が期待できます。

また、同僚や自分自身が、休まなければ「危ない状態にある人」をいち早く見付け、見逃さない注意も必要です。残業命令を拒否するには差し迫った理由や勇気が必要ですが、深刻な心身の不調は間違いなく正当な理由になります。不眠や疲労が今までと質が違う。そう感じたら、早めに医師の診断を受けるなど、自己防衛の意識が必要です。
「考えるのも面倒」になった時は、すでに危険水域にいるのです。

【ご参考】【こころの健康気づきのヒント集】厚生労働省・労働者健康福祉機構(PDF:13.7MB)

出典元:日本経済新聞・朝日新聞・産経新聞・厚生労働省・労働者健康福祉機構