【残業肩代わり過労自殺、和解 ホンダ子会社と元店長遺族】

2018年1月17日
朝日新聞

ホンダの子会社「ホンダカーズ千葉」(本社・千葉市中央区)の自動車販売店の男性店長(当時48)がうつ病になり、懲戒解雇後に自殺したのは長時間労働などが原因として、遺族が同社に未払い残業代や慰謝料の支払いを求めた訴訟で、17日、千葉地裁(小浜浩庸裁判長)で和解が成立した。業務が自殺の原因で懲戒解雇も無効と同社が認め、遺族に謝罪して損害賠償金を支払う内容という。

遺族の代理人弁護士が同日、記者会見した。遺族は約1億3500万円を請求したが、和解金額は明らかにしていない。

訴訟記録などによると、男性は2015年3月にオープンした千葉市内の販売店の店長になった。部下の残業を肩代わりするなどして時間外労働時間は多い月で87時間だったという。同年6月から行方がわからなくなり、8月に帰宅後、ストレス性うつ状態と診断された。同月に無断欠勤などを理由に書面で懲戒解雇を通知され、16年9月、地位確認や未払い賃金の支払いを求める労働審判を千葉地裁に申し立てたが、同年12月20日に自殺。労働審判を引き継いだ遺族が同社に慰謝料などを求める訴訟に発展していた。

和解を受け、男性の妻は代理人弁護士を通じ、「夫の名誉が少しは回復できたのかなと思っています。でも、夫は戻ってはきません。もう二度と会うことも、声を聞くこともできません。今後、会社としてのあり方を改めて考え、二度とこのようなことが起こらないように、改善していただきたい」とのコメントを出した。

ホンダカーズ千葉は取材に「ご本人及びご遺族に深い悲しみと精神的苦痛を負わせてしまったことに対し、心よりお悔やみ申し上げます」とコメントした。男性の自殺を巡っては、千葉労働基準監督署が昨年6月、長時間労働などによるうつ病が原因だったとして労災認定していた。

ユニオンからコメント

自動車販売店の男性店長が自殺した労災事件で、遺族と会社との和解が成立したというニュースです。

自殺した男性店長は、長時間労働の結果「ストレス性うつ状態」と診断されていますが、その状態にあった頃の無断欠勤を理由に懲戒解雇処分を受けていました。

懲戒解雇は、(戒告・けん責・減給・出勤停止)等と並ぶ懲戒処分の1つです。懲戒処分は「使用者が従業員の企業秩序違反行為に対して課す制裁罰」として認められています。企業秩序は、「企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なもの」とされ、企業は企業秩序を維持する権利「企業秩序定立権」を有しているものとされています。

例えば、会社の許可がないのに、従業員が会社の施設を私的に使用した場合に「企業秩序が侵害された」と懲戒処分の対象にすることができるということです。もちろん、企業秩序定立権の行使には限界があります。企業秩序の維持に必要かつ合理的だと認められる範囲でなければ認められません。

【ご参考】【懲戒とは何ですか。】独立行政法人労働政策研究・研修機構

ユニオンへの相談には「懲戒処分」に関するものが少なくありません。人間関係のトラブルや体調不良による欠勤が続いた障害者に、「懲戒解雇」を匂わせて自主退職を迫る実態も少なからずあるようです。自動車販売店の男性店長が自殺した事件では、「懲戒解雇」の通知が自殺に追い込んでしまった要因の1つであることは間違いありません。

「懲戒」は、会社の存立や円滑な運営に必要な場合にのみ認められている制裁罰であって、一社員が恣意的に利用できる使いやすい「脅し文句」ではありません。意味を履き違えることがないよう厳正かつ公正な運用が求められます。

安倍政権の「働き方改革」によって、労働時間の短縮は多くの企業の課題になっています。自動車販売店の男性店が、部下の残業を肩代わりして長時間労働をしていたのは、このような事情があったのでしょう。

【部下の残業肩代わり、うつに・・・自殺 ホンダ系店長、労災】

ホンダの子会社「ホンダカーズ千葉」(本社・千葉市中央区)の自動車販売店の男性店長が昨年12月に自殺したのは、長時間労働などによるうつ病が原因として、千葉労働基準監督署が労災認定していたことがわかった。認定は今年6月16日付。
代理人弁護士によると、千葉労基署は①店のオープンの準備期間が短く焦りや不安を生んだ②時間外労働が80時間を超える月が2回あった③13日連続や17日連続の勤務をしていた④3カ月連続の赤字でノルマを達成できなかった――などが原因でうつ病を発症したと判断し、労災と認めたという。労働問題に詳しい森岡孝二・関西大名誉教授(企業社会論)は「働き方改革が叫ばれ、残業させない風潮が広がっているが、働き手は増えず、仕事も減らず、中間管理職は負担が増えている」と指摘。(2017年12月19日 朝日新聞)

【ご参考】【残業規制は何時間が適切か】

【ご参考】【「働き手視点で」改革巡り要請書】

長時間労働でうつ病を発症してしまうと、正常な判断が難しくなりますし、懲戒解雇が心理的負荷をかけたことは容易に想像できます。とは言え、うつ病など、精神障害に関する労災については認定が難しく時間がかかるのも特徴です。

【心の病、高い労災認定の壁 発症後の悪化、ハードル高く】

上司の叱責(しっせき)や職場の人間関係に苦しんで心の病を発症した後で、より深刻な長時間労働やパワハラで症状が悪化し、自殺に至った――。
こんなとき、今の労災認定基準ではなかなか労災が認められない。病気が自然に悪化したのか、仕事が原因なのかが判然としないというのが主な理由だが、遺族や専門家は労災認定基準の見直しが必要だと訴えている。

■過労で命絶った28歳の死、訴訟を経ず和解

ソニーのエンジニアだった男性(当時33)は2010年8月20日、神奈川県内の自宅で自ら命を絶った。関西に住む両親は、前日まで続いた「人事面談」が自殺の引き金になったと考えている。両親によると、男性は同年2月以降、人事部の担当者と十数回の面談を重ねていた。退職を促す意味がある面談で、人事担当者が面談時に書いたメモには、男性に伝えたとみられる内容が列挙されていた。
<1週間、将来について考えてもらう。社外もけんとう のこりたいなら、気づきを説明せよ><本当に自分の将来を決めるタイミングです>
自殺前日の面談時のメモによると、男性はキャリアを振り返ってリポートを書くよう命じられていた。リポートの文末に「最後のチャンス」と書くよう指示もされていた。両親は労働基準監督署に労災を申請したが、認められなかった。神奈川労働局や国の労働保険審査会に再審査を求めても結果は同じだった。行政の判断を不服として東京地裁に提訴したが、16年12月の判決も国の結論に異を唱えなかった。
労災が認められない主な原因は、厚生労働省が11年に作った労災認定基準にある。基準は、心の病の発症前6カ月間の心理的な負荷のレベルを「弱・中・強」の3段階で評価し、「強」の場合に労災を認める内容。たとえば「1カ月に80時間以上の残業」は「中」、「3カ月連続でおおむね100時間以上の残業」なら「強」と評価される。だが、心の病を発症後に症状が悪化した場合、認定のハードルはさらに高くなり、「強」より深刻な「特別な出来事」が必要になる。長時間の残業なら「1カ月で160時間超」が目安だ。
地裁判決は、上司の叱責(しっせき)の影響もあり、面談で退職を強要される前の10年6月ごろには心の病の一つの適応障害を発症していたと認定したが、適応障害を患う前の負荷のレベルを「中」と判断。10年7月以降の面談での人事部の対応を「退職強要にあたる」と指摘し、この際の心理的負荷のレベルは「強」と判断され、どちらも認定基準を満たさないとされた。

■基準見直し、求める声

11年に基準を作る際に厚労省が開いた検討会の報告書は、心の病を患っていた人はささいな心理的負荷に過大に反応することがあり、仕事以外の影響で症状が悪化するケースもあることを基準を厳しくする理由に挙げていた。
だが、検討会の委員の中には「たまたま事前に業務外の理由で発症していたためにカウント(認定)されなくなるのは、法律家の判断では不公平かなという気もする」などの異論もあった。国の認定基準を覆した裁判例はある。清掃関連会社に勤め、10年3月に自殺した男性のケースだ。
自殺の約半年前、新規事業を任された重圧などでうつ病を発症していた。名古屋地裁の判決は、発症前の負荷を「『強』にやや近接する『中』」と認定。発症後も「特別な出来事」にあたるほどの負荷は認めなかったが、長時間労働などがあったことを重視。「特別な出来事がなければ、一律に業務起因性を否定することには合理性がない」と指摘し、労災を認めた。名古屋高裁は16年末に国の控訴を棄却した。
心の病の労災認定に詳しい精神科医の天笠崇氏は「発症後の負荷で症状が悪化して亡くなる事例は少なくない。11年にできた認定基準の最大の課題だ」と話す。過労死弁護団全国連絡会議は昨夏、塩崎恭久厚労相(当時)に認定基準の改正を求める意見書を出したが、厚労省補償課は「現在の認定基準が適当と考えているため、改正する予定は今はない」としている。(2018年1月15日 朝日新聞)

【ご参考】【精神障害の労災認定】厚生労働省(PDF:4.12MB)

厚生労働省が定めている労災の「心理的負荷による精神障害の認定基準」は、長時間労働だけでなく、(どのような状態にあったか)を具体的な認定基準として示しています。

例えば、無理な業務を「1人で全部やれ」と言われたケースなら、「業務による心理的負荷評価表」の23.「複数名で担当していた業務を1人で担当するようになった」の、「業務を1人で担当するようになったため、業務量が著しく増加し時間外労働が大幅に増えるなどの状況になり、かつ、必要な休憩・休日も取れない等常時緊張を強いられるような状態となった」は基準「強」とされています。

逆に、業務を「何にもするな」と言われたケースであれば、(総合評価における共通事項)「仕事の裁量性の欠如(他律性、強制性の存在)」の、(仕事が孤独で単調となった、自分で仕事の順番・やり方を決めることができなくなった、自分の技能や知識を仕事で使うことが要求されなくなった)等が著しい場合や、「職場の支援・協力等(問題への対処等を含む)の欠如」の、(仕事のやり方の見直し改善、応援体制の確立、責任の分散等、支援・協力がなされていない)が著しい場合には総合評価を強める要素と認められます。

他にも、(具体的出来事)の、4.「会社で起きた事故、事件について、責任を問われた」についてでは、「会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスとまでは言えないが、その後職場の人間関係が著しく悪化した等」は基準「強」とされ、29.⑤「対人関係」の「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」では、「部下に対する上司の言動が、業務指導の範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた」「同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた」等も基準「強」とされています。同29.⑤「対人関係」の「上司とのトラブルがあった」では、「業務をめぐる方針等において、周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ、その後の業務に大きな支障を来した」場合には基準「強」とされます。

どのような基準で精神障害の労災が認定されるのかを知ることで、現在「自分は危険な状態にあるのではないか」を冷静に分析することができます。自殺など、取り返しのつかない事態を招いてしまう前に、自分の置かれた状態を客観的に判断する材料にしてください。

出典元:朝日新聞・独立行政法人労働政策研究研修機構・厚生労働省