【プレミアム金曜 皮算用と言われぬよう】

2017年2月23日
東京新聞 社説

月末の金曜日は仕事を早く切り上げ消費を盛り上げよう―
そんな官民一体の「プレミアムフライデー」が始まる。働き過ぎが改まるなら結構。取り残される人や弊害が生まれるなら願い下げである。
毎月、最終金曜日は午後三時には仕事を終え、買い物や旅行などを楽しむ。長時間労働の是正など働き方改革にもつながる。いわば政府、経済界挙げての「花金」推進である。

なるほど経済産業省と経団連が旗を振るイベントだからであろう。主たる狙いは冷え切った消費の回復に置かれている。
鼻息が荒いのは小売り・流通、外食、旅行などサービス産業である。「ここぞ」とばかりに、あの手この手で消費者の財布のひもを緩めさせようと必死だ。

無理からぬことである。なにせ総務省の家計調査で実質消費支出は十カ月連続減少。全国百貨店売上高も、旅行取扱高も前年割れ。商魂たくましいなどと皮肉るのが気が引けるほどの惨状である。だとしても、このキャンペーンに割り切れなさを感じるのはなぜなのだろう。それは安直さが透けて見えるためではないか。どこまで真剣に中身を検討したり、弱者への配慮を考えたか。

例えば、忙しい月末金曜日に中小企業などが簡単に仕事を切り上げられようか。そんな下請けや取引先は気にするなというのか。勤務時間の短縮が収入減に直結するパートや派遣労働者への配慮は。民間のアンケートでは、導入には前向きでも退社を早めた分の対策を決めていない企業が多い。有給休暇扱いとするのか、他の日の勤務時間が増えるのか。

旅行するには休みが集中するよりも分散させた方が良いのではないか。疑問を挙げればキリがないほどだ。一昨年七月には厚生労働省が音頭を取った「ゆう活」なるものもあった。仕事を早めに始めて早めに終え、オフを楽しもうとの触れ込みだった。だが肝心の霞が関官庁では、早く帰れずかえって長時間勤務を招く皮肉な結果となった。

要するに官庁や財界の考えることは国民感情や働く実態とずれている。消費喚起に魔法のつえなどない。大事なのは、将来の不安を取り除くよう社会保障改革を進めたり、長時間労働などに真摯(しんし)に向き合い改善していくことだ。仰々しいキャンペーンで盛り上げようという安易な姿勢を、国民は見透かしているはずだ。

ユニオンからコメント

2017年2月24日、「プレミアムフライデー」がスタートします。
プレミアムフライデーとは、「月末の金曜日は午後3時をめどに退社を促す」という制度で、停滞している個人消費を盛り上げたい経済界と政府が、従業員に早めの退社を促し、買い物や旅行を楽しんでもらおうと全国的に行うキャンペーンです。

【ご参考】【プレミアムフライデーの実施方針・ロゴマークが決定しました】経済産業省(PDF:124KB)

【ご参考】【プレミアムフライデー推進協議会事務局】

「プレミアムフライデー推進協議会」を構成している主要メンバーには、日本百貨店協会・日本スーパーマーケット協会・日本アパレルファッション産業協会などの理事らが名を連ねています。いずれも、消費の低迷に苦しんでいる業界といえます。

【百貨店売上高、11カ月連続マイナス 1月1.2%減 】

日本百貨店協会が21日に発表した1月の全国百貨店売上高は5209億円(全店ベース)となり、既存店ベースで前年同月比1.2%減少した。前年実績を下回るのは11カ月連続。商品別では主力の衣料品が2.7%減ったほか、家庭用品も4.8%減となった。1月の東京地区百貨店売上高は1371億円だった。既存店ベースでは1.5%減となり、6カ月連続で前年実績を下回った。(2017年2月21日 日本経済新聞)

【2016年のスーパー売上高、2年ぶり減少】

日本チェーンストア協会が23日発表した2016年のスーパー売上高は、既存店ベースで前年比0.4%減の13兆426億円と2年ぶりのマイナスに転じた。部門別では、衣料品が5.2%減と25年連続のマイナス。年間を通じた天候不順が響き、夏物、冬物ともに不調だった。同じく季節商品が不調だった家電や寝具などの住関連も、2.0%減と5年連続のマイナスだった。(2017年1月23日 時事通信)

政府と足並みを揃えて制度を推進している経団連の榊原会長は、「消費の喚起だけでなく柔軟な働き方の推進にもつながる取り組みだ。早めに仕事を終えていつもより豊かな生活を提案したい」と述べています。
売上減少に苦しんでいる業界を、いわば互助的に助けるだけの制度に終わるか、豊かな生活の実現に結び付くのか、制度の波及効果に注目が集まります。
最初に「プレミアムフライデー」が波及したのは国会でした。

【プレミアムフライデー 与党も配慮 予算案採決を先送り】

自民、公明両党は21日、2017年度予算案の衆院通過について当初想定していた24日が「プレミアムフライデー」の初日にあたることに配慮し、来週に先送りすることを決めた。

プレミアムフライデーは安倍政権が進める「働き方改革」の目玉で、与党も協力した形だ。だが、野党が求める審議継続には応じず、27日には衆院を通過させる方針。自民党の竹下亘国対委員長は「内閣がやろうとしている働き方改革の目玉だ」と強調。公明党の山口那津男代表も記者会見で「国を挙げてプレミアムフライデーに協力するのだから、国会運営でも配慮すべきだ」と述べ、政府への協力姿勢をアピールした。(2017年2月21日 毎日新聞)

プレミアムフライデーのせいで採決を見送られた「新年度予算案」の内容を見てみましょう。過去最大の総額97兆4547億円に上る来年度予算案は、2016年12月22日に閣議決定されています。

【ご参考】【平成29年度予算のポイント】財務省(PDF:656KB)

平成29年度予算案は、社会保障費が32兆4735億円と前年から5000億円近く増え、防衛費5兆1251億円とともに過去最大となっています。この他に、廃炉が決定した高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉に向けた点検や管理費用として、179億円が計上されています。
そして、「働き方改革に877億円」の予算が計上されています。

【厚労省31兆円超、社会保障費増で「働き方改革」推進で877億円計上】

厚生労働省は26日、平成29年度予算の概算要求額が31兆1217億円となったと発表した。安倍晋三首相が第3次再改造内閣で「最大のチャレンジ」と位置付ける「働き方改革」には特別会計を含め877億円を計上した。政府の中長期施策「ニッポン1億総活躍プラン」や成長戦略を実施するための特別枠で2167億円を要求した。働き方改革では、非正規労働者の正社員への転換を促すキャリアアップ助成金を拡充し、454億円を配分。長時間労働是正のため職場の指導や監督強化に10億円、65歳以降の定年延長や継続雇用制度を導入する企業支援に26億円を充てた。(2016年8月26日 産経新聞)

【ご参考】【平成29年度予算概算要求の概要】厚生労働省(PDF:2.2MB)

「働き方改革」に計上された予算の使い道は、ほとんどが企業支援や助成金です。454億円の予算が配分された「キャリアアップ助成金」は、これまで「非正社員の基本給を2%増額した中小企業に10万円支給」だったものを、「3%以上増額した企業には、さらに助成する」ことに使われます。他にも、従業員の時給を30円引き上げた会社に50万円を支給する制度などがあります。

なぜこのようなことになるのでしょう。それは、安倍首相の目指す「働き方改革」が、企業に支援して企業の力を強くする、それが労働者の賃金アップにつながる『トリクルダウン』の発想に基づいているからです。もう一つの柱になっている「副業・兼業やテレワークなどで多様な働き方を」について、安倍首相が「働き方改革」を言い始めた頃に発表された2つの報告書を見てみます。

【ご参考】【働き方の未来 2035 ~一人ひとりが輝くために~】厚生労働省(PDF:336KB)

2016年8月に厚生労働省が発表した提言には、「AI(人工知能)のさらなる技術革新によって工場の無人化など、ロボットが人の仕事を代替するようになり、人が特定の場所や時間に集まって物理的な作業をしなくてもいいようになる。その結果、時間や空間に縛られない働き方が実現し、成果による報酬が一段と重要になり、不必要な長時間労働がなくなる」と書かれています。

「AI技術が進歩すると、仕事のかなりの部分がAIに奪われる」というニュースを聞いたことがある人も多いでしょう。つまり、AI技術の発展と聞いて、多くの人が気になるのは「失業」です。しかし報告書は、雇用確保にはあまり触れず、「労働時間の規制から解放される」と繰り返し強調しています。つまり、「AI技術が発展すると、労働時間の規制緩和が進む」ということです。

また、「2035年には、多くの人たちはプロジェクトが終わったら別のプロジェクトのため、企業へと移るといった働き方になる」と予想しています。プロジェクト単位で行う仕事では、複数の仕事をかけ持ちする人が増え、個人事業主なのか従業員なのか境界があいまいになっていくだろうと指摘しています。

その結果、強い立場の経営者から弱い立場の労働者を守るという「労働法」ではなく、「民法」のような対等な事業者同士の契約関係になっていくだろうと書かれています。プロジェクト単位で雇用が終わる働き方が主流になれば、正規と非正規の境界もなくなる。つまり、「はたらく人のすべてが非正規」的な働き方になるという未来図です。

そして、次のプロジェクトが見つからない人の「セーフティネット」については、公的な保障ではなく、職業教育や転職活動中の生活保障に民間の力を活用することを提案しています。これは、不安定な雇用が、むしろ人材ビジネス・保険会社のビジネスチャンスになるという発想です。

言い方を変えると、これからの日本は、労働時間規制や解雇規制などを緩和し、公的職業訓練や失業手当を「労働者ではなく独立した自営業者だから」削減する。必要なら民間サービスを使って自ら解決せよということです。

もう一つ、同じ時期に経済同友会が発表した報告書を見てみます。

【ご参考】【新産業革命による労働市場のパラダイムシフトへの対応】公益社団法人経済同友会(PDF:492KB)

2016年8月1日に発表された経済同友会の報告書にも、「AIの進展によって、従業員を雇うという形態から、個人事業主扱いとなった働き手へのアウトソーシング、という形が進む」と書かれています。その結果、「時間と空間に縛られない働き方」への変化が進むとしています。

報告書は、労働者保護を基盤としたものではない、労働行政の転換を求めています。
AI化によって産業構造変化のスピードが速くなる、それに柔軟に対応するには、現行の労働者保護から、保護・規制が必要な労働だけを限定的に規制化するやり方に変えるべきだと主張しています。

さらに、現在の「労働者の立場は弱い」が前提になっている労働法のせいで、労働契約の自由が制限されている。それを変えて、「契約自由」の原則で、雇用形態や労働条件を労使が柔軟に決定できる方式へ転換すべきだとしています。

いずれの報告書にも、AI技術の発展を理由に「経営側の雇用責任を軽減」し、個人事業主のような仕事をする「労働者の自己責任を強化」しようとする意図が見え隠れしています。

安倍首相は「非正規という言葉をこの国から一掃する」と高らかに宣言しました。
2つの報告書には、「労働者を個人事業主とすることで労働者保護から除外し、失業手当などのセーフティネットは自力で対処するようになる」と書かれていますから、いずれ「正規、非正規という言葉すらなくなる」という意味だったのかと思えてきます。

企業の利益が上がらなければ、従業員に還元できないのは当たり前ですが、企業の利益が上がっても(内部留保や海外投資)に回されてしまい、労働者の待遇改善に結びついていないのが現状です。多額の税金を使って取り組む、(時間や場所に縛られない自由で多様なはたらき方)とは「労働者の権利を弱める」ことだった、(プレミアムフライデー)は「売上減少に苦しむ業界を助ける」ためのものだった。そうなってしまわないよう、誰もが豊かな生活を送れるための「働き方改革」であることを願っています。

出典元:東京新聞・経済産業省・日本経済新聞・時事通信・毎日新聞・財務省・産経新聞・厚生労働省・公益社団法人経済同友会