【「障害者採用、うっとうしいのか」 先導すべき国が水増し、怒る当事者】

2018年 8月29日
朝日新聞

中央省庁の多くで障害者雇用の水増しが明らかになった28日、障害者や雇用を進める民間企業からは非難が相次いだ。先導すべき国の機関でなぜ、問題が起きたのか。徹底調査とともに、誰もが働きやすい共生社会に向けた議論を求める声が上がる。

「こんなに水増しされていたのかという思い。障害者雇用が正しく進められてきたのか疑問だ」

28日午後、野党各党が国会内で開いた合同ヒアリングで、日本盲人会連合の工藤正一・総合相談室長は、目の前に並んだ国の担当者らに強く訴えた。その後も、障害者団体の幹部らからは「残念でならない」「障害を持った人を採用するのはうっとうしいという感じが見えてならない」と怒りの声が相次いだ。

国家公務員になる目標がかなわなかった障害者も憤りを隠さない。関西に住む20代男性は「違法な状態で競争させられていたということになる。採用プロセスの正当性に疑問を感じる」と話した。

数年前、国家公務員の総合職試験に最終合格した。官庁訪問に進み、厚生労働省や文部科学省などの面接を受けたが、すべて不合格に。障害者への差別ではないかと疑ったが、当時は適性が合わなかったと自分を納得させ、自治体の職員になった。

男性は生まれつき両手足に障害があり、普段は電動車いすで移動し、着替えや入浴には介助が必要。身体障害者手帳1級の認定を受けている。

普段の生活では、自分しか気付かない生きづらさを抱えているからこそ、国の政策立案に関わる意味があると考えている。男性は「障害者目線で政策を考えることで、真の共生社会の実現につながる。水増し期間中に不採用となった受験者には再受験の機会を与えるべきだ」と話した。

内閣府の障害者制度改革担当室長を務めた東俊裕弁護士(65)は「厚労省の担当部局は熱心だが、他省庁は障害者施策を軽視してきた。障害者を雇いたくないのが本音だろう」と語る。

仕事の指示などで配慮が必要なため、知的障害や精神障害のある人の雇用は進まないという。「そうした人たちが働ける環境をモデル的に作るのが国の役割だ」と話す。

「『どうして障害者を雇いたくないのか』という点に向き合う必要がある」と指摘するのは、働く障害者が加入する労働組合「ソーシャルハートフルユニオン」の久保修一書記長だ。

法定雇用率の引き上げで対応に追われる企業からは、障害者を雇用すると負担が増えるのではと懸念する社員がいるとの相談もある。「数字上の法定雇用率の達成だけを目指すのではなく、雇う側も、働く障害者も無理せず共存できるあり方を探りながら、障害者雇用を増やして欲しい」と要望する。

■企業「これだけ努力したのに」
民間企業からも憤りや批判の声が上がった。
「がっかりだ」。大手食品メーカーで人事を担当する幹部(62)は28日、障害者雇用の水増しの横行が明らかになった中央省庁をこう突き放した。

この食品メーカーの障害者雇用率はグループで3.3%。最近4年間で1.2ポイント高めた。地域の特別支援学校や行政、医療機関と連携したチームをつくり、採用にとどまらず、雇用の継続も支援してきた成果だ。「企業はこれだけ努力している。憤りを通り越し、あきれ果てている」と話す。

山梨県の機械メーカー、キトーの鬼頭芳雄社長(55)はこう考えた。「省庁で本音と建前が隔たった結果では」「障害者の雇用を率先する立場にありながら、人材の多様性が持つ意味を理解していないのだろう」

7年前から障害者雇用に力を入れ、今は34人の障害者が働く。雇用率は7%近い。かつては安全面などで現場に不安の声も多かったが、使う順番に部品に数字を振るなど知的障害者らに配慮して業務手順を見直し、全体の不良品や労災も減った。障害者の定着率も高まっている。「数字を目的とせず、工夫を積み重ねた結果だ」と振り返る。

いま懸念するのは、省庁が短期間に法定雇用率を達成しようと採用に突き進むことだ。無理をすれば、障害者の適性と仕事のミスマッチが起きかねない。

「即効性のある対処法はない。長期的な目標を設定し、障害者雇用への理解を職場で深めながら、じっくり取り組んでほしい」

ユニオンからコメント

公的機関による障害者雇用水増し事件に関連して新聞社からコメントを求められました。
朝日新聞、毎日新聞の記事をそのままご紹介します。

【精神障害者採用に民間企業が本腰 「水増し」に揺れる国・自治体の裏で】

政府がこの春、障害者の法定雇用率(企業の社員や団体の職員に占める障害者の割合のノルマ)を2.0%から2.2%に上げ、従来の身体・知的障害に加えて精神障害を雇用率の算定対象に新たに加えた。これにより就職を目指す精神障害者に突⾵のような追い風が吹いている。それ自体は良いことだが、実は精神障害者の職場定着率は半分に満たない。
社会の根強い差別や偏⾒に加え、受け⼊れ企業の認識不⾜や態勢不備も指摘されている。国や自治体で法定雇用率の水増し疑惑が明らかになる中、障害者雇用に熱心な民間の取り組みや課題を追った。

■「精神障害者」市場が急騰

人材派遣会社「リクルートスタッフィング」が5⽉下旬、東京・銀座で開いた障害者の就職フェアをのぞいた。同社の⼀室は企業8社の人事担当者らと求職中の障害者約50人で埋まっていた。求職者の大半は精神障害者だ。「働く時間は?」「採用人数は?」。
各企業のブースで求職者が熱心に質問し、人事担当者が真剣な表情で説明している。熱気にあふれていた。参加した企業の⼈事担当者は、取材に焦りの色を浮かべて⾔った。「現状で、うちは法定雇用率を満たしていない。待遇や知名度の勝負では大手にかなわず、人材を確保できないので、こういう場を活⽤したい」
同社の障害者向けの就職フェアは2012年ごろに始まった。当初は月に1回、3~4社が集まる程度だったが、ニーズは年々高まり、回数も参加企業も増え、今は月に2回で1回に6社程度が参加している。
国が障害者雇用促進法(旧・⾝体障害者雇⽤促進法)に基づいて⺠間企業に法定雇⽤率を義務づけたのは1976年のこと。雇⽤率にカウントする対象は当初は身体障害者に限られていたが、98年に知的障害者を追加。今年度、新たに精神障害者を加えた。法定雇用率も76年の1.5%から段階的にアップ。今年4⽉に0.2ポイント引き上げられ、2.2%となった。
2021年までに2.3%にすることが決まっている。
国は現在、従業員が45人を超える企業に法定雇用率の達成を求めており、従業員数が100人を超える企業が雇用率を達成できない場合には不足1人当たり月5万円の納付⾦を徴収。その一方で達成企業には補助⾦を⽀給する。
近年のハローワークを通じた障害者の新規求職申し込みと就職の件数を調べると、⾝体障害者は頭打ち状態だ。知的障害者も微増だが、精神障害者は右肩上がりで伸び続けている。
5月に発表された17年度の求職・就職件数では、障害者全体の約5割を精神障害者が占めた。裏を返せば、精神障害者が働き場所を⾒つけるのはこれまで極めて困難だったということだ。

■病気への無理解が壁に

実は、精神障害者を企業が雇えば身体・知的障害者を雇ったとみなすルールがすでに06年にできていた。それでも身体・知的障害者に比べ雇用は思うように進まなかった。
「障害の分かりづらさゆえでしょう」と⾔うのは、障害者雇用のコンサルティングを⾏うNPO「ディーセントワーク・ラボ」(東京都)の中尾文香代表理事だ。
「⾞椅⼦なら段差を無くすなど身体障害者への配慮は想像しやすいし、知的障害者も障害の特性をイメージしやすい。しかし、精神障害はどこからが『障害』で、どこまでが性格や個性の問題なのか⼀般の人々が線引きするのは難しい。事件報道で容疑者の精神障害がクローズアップされることも多く、受け入れる側の漠然とした不安感も大きいのでしょう」
ひと口に障害者といっても企業のニーズは障害の種類や程度で大きく異なる。就労を支援する機関は「数年前まで、企業が求めるのはまずは内部疾患系の身体障害者だった」と異口同音に言う。心臓や呼吸器、肝臓などの内部疾患を抱える障害者は、外⾒上は健常者と変わらず、バリアフリーなどハード面の整備は不要な場合も多く、必要な配慮も本人に聞けばピンポイントで分かるからだ。
こうして企業の障害者枠は身体障害者、知的障害者で埋まっていった。最後まで残っていたのが精神障害者だった。現在の状況は「精神障害者の売り手市場というより、精神しかか残っていないのが実情」(大手企業社長)という。つまり、今年度の法定雇⽤率引き上げは実質的に「精神障害者の雇用義務化」を意味している。

■職場定着率は5割切る

「あのころと比べれば、精神障害者の雇⽤市場は劇的に変わりました」。神奈川県藤沢市の社会福祉法人「藤沢ひまわり」の船山敏⼀常務理事は⾔う。船山さんは精神障害者の就労⽀援に携わってきた先駆者だ。
「あのころ」とは約20年前。企業に電話して「⾯接を受けるだけでも」と頼んでも、障害の種別が「精神」と伝えるとガチャンと電話を切られたという。「気の良い中小企業の社長がお情けのような感じで細々と就労させてくれる状態だった」と回想する。
とはいえ、船山さんは今の精神障害者雇用の買い⼿市場を、必ずしも手放しで喜んではいない。就職後の定着率が低いのだ。独⽴⾏政法⼈「⾼齢・障害・求職者雇用支援機構」が2017年に発表した調査では、就職から1年後の職場定着率は、身体・知的障害者が6割を超えるのに対し、精神障害者は5割を切っている。船山さんは、その原因を受け入れ側の偏⾒だと⾒ている。
この春、こんなケースがあった。「藤沢ひまわり」の支援で精神科病院に就職した男性が、かつて調理師として食堂で働いた経験を生かして調理室への配属を希望。経営者から「人手不足の中、助かります」と歓迎され、希望通り配属された。ところが、現場で⼀緒に働く同僚たちは男性が統合失調症だと知り、「包丁を持たせていいのか」と反発した。船⼭さんは病院側から「どう説得したらいいのか」と相談されて現場に出向き、男性の病状が回復し、就職準備を重ねてきたことを説明して現場を納得させた。「理解があるはずの精神科病院ですら、こんな状況です。物がなくなることが多かった職場で、無実の精神障害者が疑われたケースもある」と船山さんは⾔う。

■過剰な配慮でトラブルも

障害者専門の労働組合「ソーシャルハートフルユニオン」の久保修⼀書記長は、逆に、精神障害者に対する受け入れ側の過剰な配慮がトラブルを引き起こすケースを指摘する。
精神障害者が本来やるべき仕事を周囲の社員がやってしまうのが典型例だ。久保さんは言う。
「良かれと思って過剰に配慮し、特別扱いを続ければ、精神障害者は職場の『腫れ物』になってしまう。現場で溝が広がり、やがて会社に行けなくなってしまう」
さらには、精神障害者を受け入れた現場の管理責任者が付き合い方に悩み、精神的苦痛を負うケースもある。久保さんは「精神障害とは、職場で必須のコミュニケーションや人間関係の構築が難しい障害だ。受け入れ側に知識やスキルがないとトラブルが起き、自分に管理能力がないせいだと悩み、うつ状態になってしまう人もいる」と話す。
ユニオンには、法定雇用率が上がる前から精神障害者と企業の双方から相談が急増していたという。久保さんは「法定雇用率アップに現場の態勢が追いついていない」と分析。
「人事担当者や管理責任者が病気に詳しくなるだけでなく、就業規則に障害者雇用のルールを設けるなど、企業が障害者の位置づけを明確にしておく必要がある」と提案する。

■定着率高める取り組みも

精神障害者の職場定着を図ろうと、障害への理解を広げていこうと社内で勉強会を開く企業が増えている。障害者の就労⽀援事業を展開する株式会社「LITALICO」(東京都)によると、勉強会を開く企業は⼤⼿から中⼩まで規模も業種もさまざまだ。精神障害者を採⽤した部署で本⼈の症状や必要な配慮を学ぶケースもあれば、管理職らを中⼼に精神障害について広範に学ぶケースもある。最初のうちはLITALICOの講師を呼んで勉強会を開いていたが、その後、理解を深めた社員が講師として勉強会を開いた大手企業もあるという。
クレジット大手「オリエントコーポレーション」(オリコ)の東京本社で7月下旬、⼈事部や本社管理職を対象に勉強会が開かれた。人事部ダイバーシティ推進室の中根ひとみさんは、取材に「法定雇用率なども踏まえ、企業としての義務を果たすために、積極的に精神障害者や知的障害者の雇用にも取り組むべきだと考えました」と話す。
だが、すぐに辞められたら採⽤した意味はない。職場定着には受け⼊れ側の準備が不可⽋だと考えた。「これまで採⽤していなかったので、精神障害についてほとんど知識のない社員が圧倒的に多い。知的障害と精神障害の違いを聞いてくる管理職もいました」約2時間の勉強会で、講師はLITALICOの臨床心理士。障害の種類や症状の特徴、配慮のポイントを説明し、「⼀⽅的に決めつけず、しっかり本⼈の考えを確認すること。対話を重ねることが基本で、何より⼤切です」と締めくくった。参加した男性社員は「実際に共に働くことを想像すると、配慮の仕⽅など少し不安な⾯もある」と⼾惑いも⼝にしたが、「最近は『多様性』が⾔われ、障害者雇⽤の必要性は分かっているつもり。でも、障害を理解する機会がなかったので、勉強会に参加して良かった」と感想を語った。

■国も就労後の定着を支援

国も動きだしている。厚生労働省は今年度、就労した障害者の職場定着を⽬的とする障害福祉サービス「就労定着⽀援事業」を新設した。生活リズムの乱れや家計・体調の管理不⾜など就労に伴う⽣活⾯の課題について、公費を受けた主に民間の支援員が相談に乗る仕組みだ。利用期間は3年間で、⽀援員が障害者と⽉に1回以上体面することが公費支給の条件。支援員は必要なら職場を訪ね、医療機関の仲介もする。
この秋から同事業に取り組む予定だというLITALICOの広報担当者は「相談先があることで職場に定着しやすくなる。就労定着支援サービスの認知が広がり、より多くの⽅々に利⽤してもらいたい」と話す。
一方、「藤沢ひまわり」の船山さんは事業を画期的だと評価しつつ、「穴もある」と懸念を⼝にした。利⽤期間を「3年間」と区切ったことを問題視する。「会社での人間関係係や家族の事情の変化は、精神障害者が体調を崩す要素となる。そんな時こそ相談が必要だが、そのタイミングは3年以内とは限りません」。支援員が月に1回以上障害者と対⾯したり企業を訪ねたりすることも、不要だったり自立の妨げになったりしかねない、と船山さんは⾔う。「雇⽤が拡大しているからこそもっと就労を支える仕組みの議論が必要だ。畑を耕さずに種をまいても芽は出ません」(2018年8⽉23⽇ 毎日新聞)

NHK Eテレ『ハートネットTV ブレイクスルー2020→ 障害者雇用 もっと両思いを増やそう!プロジェクト』に関連した記事が掲載されましたのでお知らせします。

【ご参考】【障害者雇用 定着のためのヒント】NHKハートネット

パネリストとして参加した「就労支援フォーラムNIPPON2017」公開収録の模様を放送した、NHK Eテレ「バリバラ~バリアフリー・バラエティー」が9月16日(日)19:00から再放送されます。(9月21日(金)0:00(木曜深夜)再々放送)

【ご参考】【バリバラ~障害者と一緒に働く上での悩み】NHK

出典元:朝日新聞・毎日新聞・NHK