【診療報酬の審査、AIでほぼ自動化へ 職員は2割削減】

2017年7月4日
朝日新聞

厚生労働省は4日、診療報酬の請求を審査する特別民間法人「社会保険診療報酬支払基金」(支払基金)の業務合理化策を発表した。2022年度までに審査の9割をコンピューターに担わせ、国民が払う健康保険料から賄っている年800億円の運営費を減らす。

支払基金はいま、医療機関から診療報酬の請求を受けると、コンピューターによる事前チェックを経て、職員や医師らが明細書(レセプト)を審査している。これを、人工知能(AI)を活用して大半をコンピューターだけの審査にする。

コンピューターだけで対応しきれない一部審査は職員らが担うが、24年度末までに新規採用の抑制などで現在の職員数の2割にあたる約800人を減らす。どれだけ運営費を減らせるかは明らかにしていない。

ユニオンからコメント

厚生労働省が、(診療報酬の請求を審査する)支払基金の業務を合理化する計画を公表したというニュースです。

AIやICT技術の活用で業務を効率化しながら、審査の質を向上させ国民の負担軽減を目指す計画には、「全国で統一的な基準での審査支払を実現します」と書かれていますから、これまでは地域によってバラつきがあったのかもしれません。

【ご参考】【支払基金業務効率化・高度化計画】厚生労働省(PDF:508KB)

【ご参考】【「国民の健康確保のためのビッグデータ活用推進に関するデータヘルス改革推進計画・工程表」及び「支払基金業務効率化・高度化計画・工程表」について】厚生労働省

(業務効率化・高度化計画)工程表の概要に書かれた「AI等の導入・活用により審査支払を支援する仕組みを順次導入・推進」し、「現行定員の20%(800人程度)の削減を計画的に進める」は、言い換えると「業務をAIに行わせることで800人が仕事を失う」ということです。「AIに仕事を奪われる時代」の到来を感じさせるような計画ですが、一方、AIに仕事を奪われた人たちの収入をベーシックインカム(BI)で補おうとする議論があります。

【人工知能に仕事を奪われる人々を、ベーシックインカムで救おうという議論の現実味】

人工知能(AI)の発達は、わが国経済・社会にどのような影響を及ぼすのか。すでに野村総研から、「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」というセンセーショナルな予測も公表されている。一方政府は、成長戦略(日本再興戦略2016)の中で、第4次産業革命を奨励しているが、その中に以下のような記述がある。「今後の生産性革命を主導する最大の鍵は、・・・第4次産業革命である。・・・人口減少問題に打ち勝つチャンスである一方で、中間層が崩壊するピンチにもなり得るものである」。
第4次産業革命に的確に対応できなければ、中間層の崩壊という大きな問題が生じるとして、経済産業省は「放置すれば700万人を超える失業者が生じ、うまく対応できても161万人の失業者が出る」と試算している。
しかし問題は、AIへの対応が順調に進んだ場合にこそ生じるのではないか。第4次産業革命が生じた場合、そのことが失業者の急増や所得格差の拡大など極端な負の影響をもたらす可能性がある。したがって、それへの対応も併せて検討しておくことが必要だ。ITやAIの発達は、我々の制御できないスピードで、いわば暴力的に進んでいく。一方所得格差への対応は、生身の人間を相手にした政治の世界だけに、対応が後手後手になることは目に見えている。その対策として、欧州の経済学者を中心に、ベーシックインカム(最低保障制度・BI)が提唱されている。BIというのは、国家が無条件に(勤労や所得・資産の多寡にかかわらず)、最低限の生活を保障するための給付を行う制度である。もともと、格差や貧困問題への対応として提唱されてきたのだが、AIの発達という新たな要因が加わり、支持層の幅を広げている。(2016年8月16日 ダイヤモンドオンライン)

【ご参考】【日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に】野村総合研究所(PDF:400KB)

【ご参考】【日本再興戦略2016―第4次産業革命に向けて―】首相官邸(PDF:2.75MB)

【ご参考】【新産業構造ビジョン】経済産業省(PDF:6.23MB)

経済産業省の若手官僚らが作成した報告書の「時代遅れの制度を変える様々な抜本的提案は既に出てきている。これからは具体策を決断しそれを実現する段階(P53)」と記された表にも、ベーシックインカム(BI)が登場します。

【ご参考】【不安な個人、立ちすくむ国家】経済産業省(PDF:KB)

BIとは、雇用の状況や収入・資産にかかわらず、政府が全ての国民に生活に必要な最低限のお金を支給する制度のことです。収入の調査が不要で、年金・生活保護を一本化でき行政コストが減らせる利点から導入を求める意見もある一方、生活に必要な費用の支給は財政支出が膨らみすぎて実現不可能だとの反論もあります。

2017年5月25日に日本語版が出版された「隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働」(ルトガー・ブレグマン著・文藝春秋)という書籍が大きな話題になりました。この本には、人間がAIとの競争に勝つには労働時間短縮とベーシックインカムが必要だとして「週15時間労働」が掲げられています。

【生活費の保障「人への投資」 ベーシックインカム、提唱者に聞く】

全国民に生活に必要なお金を支給する制度「ベーシックインカム(BI)」に世界的な注目が集まっています。BI導入を提唱する著書が母国オランダでベストセラーとなり、世界20カ国以上で出版される歴史家兼ジャーナリストのルトガー・ブレグマン氏(29)に話を聞きました。

■犯罪率が低下・医療費も抑制

裕福な国に住んでいるにもかかわらず貧困にあえいでいる人が多くいます。ただお金が無いだけで様々な機会を失っている。これは人材が無駄にされているということです。現行の社会福祉では生活扶助の支給の対象は貧困層に絞られています。多くの場合、働けないことを証明する必要があり、受給者の自尊心を傷つけることにつながります。
一方で、BIは富裕層や貧困層、老若男女などの区別なく支給され、使い道も自由。人間に対する投資なのです。BIは、自分自身の力で何かを成し遂げる糧になります。
BIには主に二つの反対意見があります。一つは「そんなお金はない」という財源の問題。もう一つは「誰も働かなくなる」という意見です。
世界各地で実施されているBIの社会実験で反論できる結果が出ています。例えば1974年から4年間、カナダのドーフィンという町で1千世帯を対象にした導入実験では、犯罪率が下がったほか、メンタルヘルスの悩みも減り、医療費も抑制されました。政府のコスト削減につながったのです。
BIは基本的な生活費を保障する制度です。人々は食べるためだけに働く状況から抜け出し、より成長できる仕事や、「価値がある」と思う仕事につけます。それは起業やボランティア、画家といった職業かもしれないし、子どもの保育かもしれない。
世界でBIに関心が寄せられるようになった背景には、今の資本主義の先にあるビジョンが見えないという行き詰まりがある。我々は進むべき方向性を求めています。また、労働市場が流動化し、人間の仕事の多くが人工知能に置き換わると予測される今、人々は将来に不安を感じています。今はとっぴな意見に聞こえるかもしれませんが、BIがその一つの答えになると思っています。(ルトガー・ブレグマン 1988年生まれ、オランダ出身。)

■スイスは国民投票で否決

フィンランドでは今年1月から、BIの社会実験が始まった。失業者という条件がついているものの、2千人に月額560ユーロ(約6万9千円)を支給。働いて収入を得ても支給額を減額しないことになっており、就労状況や行政の簡素化の効果を検証する。カナダ・オンタリオ州でも今春、社会実験が始まった。一方、スイスでは昨年6月、導入の是非をめぐり国民投票が行われたが、財政支出が膨らむことへの懸念が強く、賛成は約23%にとどまり否決された。(2017年5月30日 朝日新聞)

「隷属なき道」には、「イギリスのホームレスに3000ポンド(約45万円)を配った実験の結果、開始から1年半後には7人が屋根のある生活をするようになった」など、世界中の事例が紹介されています。BI制度を提案するブレグマン氏のインタビュー記事から一部を抜粋して紹介します。

―貧困は個人の生活態度や性格の問題だと捉えられがちですが、そうではありません。貧困の問題はずばり、「お金が無いこと」、「現金の欠如」なのです。
―ベーシックインカムは社会にとってコストではなく、投資です。アメリカでベーシックインカムによる貧困撲滅にかかる費用は、1750億ドルとGDPのわずか1%以下です。これは軍事費の25%で、アメリカが世界中で紛争などに数兆ドルかけていることを考えるとはるかに安い。貧困を根絶することに対するリターン(見返り)が大きいことは幾度となく示されてきています。ベーシックインカムによって人々はより健康になり、犯罪率は下がり、家庭内暴力も減少、子供たちの学業成績は上がる。政府が莫大な予算で解決しようとしている問題は全て解決できるわけです。
―むしろ先進国だからこそ必要です。日本などはベーシックインカムを導入するだけの蓄えがあるからです。社会において最も貴重な財産は「人」です。にも関わらず、これほど恵まれた社会で、大勢のホームレスや生活困窮者が存在していることは異様です。
―その気になれば明日にでも実現可能です。ユートピアだと言われますが、ベーシックインカムに近い考え方で米経済学者のミルトン・フリードマンが提唱した「負の所得税(NIT)」という言葉を使うと、納得する専門家もいます。私は「無条件で」「みんなに」現金が配られるというユニバーサル・ベーシックインカムの考えを好みますが、実現させるためには負の所得税という言葉を使ったほうが良いのかもしれません。(2017年6月7日 文春オンライン)

負の所得税(NIT)とは、1962年に米経済学者ミルトン・フリードマンが著した「資本主義と自由」に登場する政策のアイデアです。NITシステムは、ある所得レベルを超える収入がある人は所得に応じた税金を支払い、そのレベルを下回る人は不足分に応じた給付を受けるというものです。NITが施行されると、最低賃金・生活保護・社会保障制度が不要になり、政府の財政と最低レベルの収入保証が同時に達成できるシステムとされています。

BIやNITは、世の中を大きく変える制度ですから、すぐに導入することは難しいでしょう。しかし、驚異的なAIの進化スピードが社会を変えてしまうのも現実ですから、対応は喫緊の課題です。「AIに奪われるかもしれない仕事がある」ことに加え、消費を拡大させるためにも「給料を上げる(最低賃金の引き上げ)」ことには即効性が期待できます。

【厚労省審議会、最低賃金改定へ議論開始 3%上げの実現焦点】

厚生労働省は27日、一時間当たりの最低賃金見直しの目安について検討する中央最低賃金審議会(厚労相の諮問機関)を開き、2017年度の改定に向けた議論を始めた。16年度は全国平均で約3%増に当たる時給25円の引き上げを実現。17年度も政府が目標に掲げる3%(約25円)の引き上げを念頭に、労使の攻防が繰り広げられる見通しだ。7月下旬の目安決定を目指す。現在、最低賃金の全国平均は823円で、仮に毎年3%ずつ引き上げられた場合、23年度に「時給1000円」が実現する。(2017年6月27日 時事通信)

【ご参考】【第48回中央最低賃金審議会資料】厚生労働省

BIは「すべての国民に一定の現金を定期的に配れば貧困が解決する」という大胆なアイデアです。AIは人間に関心がないので、私たちの暮らしについては人間が考えていかなければなりません。例えば、「最低時給1000円」に止まらず、法定労働時間2085時間(うるう年を除く)で平均的な年収245万円(国民の所得を上から順番に並べ中央にいる人の所得)を得るために必要な「最低時給1200円」の実現など、より大胆な議論が必要な時期が近いのかもしれません。

出典元:朝日新聞・厚生労働省・ダイヤモンドオンライン・野村総合研究所・首相官邸・経済産業省・文春オンライン・時事通信