【労働監督の民間委託提言 規制改革会議の作業部会】

2017年5月8日
産経新聞

政府の規制改革推進会議の作業部会は8日、長時間労働の監督強化に向け、労働基準監督業務の一部を民間委託することを盛り込んだ提言を取りまとめた。労働基準監督署の人手不足で企業への指導、監督が十分に行き渡っていない現状を改善し監督を強化する。

規制改革推進会議が6月にまとめる答申に盛り込む。
作業部会で主査を務めた昭和女子大の八代尚宏特命教授は記者会見で「(監督業務を行う)労働基準監督官が圧倒的に少ない。民間事業者を補完的に使えないか」と述べた。

具体的には、入札で決まった民間事業者が、労使協定(三六協定)締結を届け出ていない企業を対象に、調査票の送付や回答を取りまとめる。対象企業の了承があれば立ち入るほか、応じなかったり問題があったりした企業は、労働基準監督官へ引き継ぐ。

ユニオンからコメント

規制改革推進会議に設置された(労働基準監督業務の民間活用タスクフォース)が、「社会保険労務士などによる任意の立ち入り調査を認めるべき」とする提言をまとめたというニュースです。提言には、「労働時間の上限や就業規則順守に関し、(事業者が同意すれば)社会保険労務士が任意の立ち入り調査や相談・指導を行う」と明記されました。

【ご参考】【労働基準監督業務の民間活用タスクフォース 取りまとめ】内閣府(PDF:936KB)

タスクフォースとは、軍隊用語で任務(タスク)のために編成される部隊のことを言います。労働基準監督業務の民間活用は、平成29年3月9日に開催された第12回規制改革推進会議の終盤で唐突に提案されました。

【第12回規制改革推進会議 議事録(抜粋)】

大田議長「それでは、次の議題に入ります。本会議でいきなり議論に入るよりも、専門的な見地からある程度検討をしていただいて、本会議に上げていただくためのタスクフォースという枠組みを設置しておりました。その第1号として、労働基準監督業務の民間活用タスクフォースを設置してはどうかという議案です。まず事務局より御説明をお願いいたします。」
内閣府参事官「今、議長から御説明がありましたように、(タスクフォース)の一般的な決定はいただいておりますけれども、それは必要に応じ置くとされております。議題は本会議で決定することとされておりまして、今回、議長、八代主査の御提案によりまして、労働基準監督業務の民間活用を議題とする形でタスクフォースを設置することでお諮りするものでございます」
「労働基準法違反への対応について、労働基準監督官の人手不足のため事業場に対する十分な監督が困難な状況にあるとの指摘がある中、労働基準監督業務における民間活用の拡大について、規制改革推進会議での議論の前に専門的検討を行うため、本会議に(労働基準監督業務の民間活用タスクフォース)を設置するということでございます。」
大田議長「では、八代主査から補足説明をお願いします。」
八代主査「私からこのテーマを選んだ理由を簡単に説明させていただきます。およそ法治国家であれば法律をちゃんと担保するための機能がなければだめなわけですが、これが一番欠けているのが労働法の分野で、過労死等を含めて多くの労働法違反が放置されている。これは日本の雇用者当たりの監督官の比率がILOの基準を著しく下回っていて、極端な監督官不足にある。これは公務員がなかなかふえないから仕方がないと言って長らく放置されているのですが、他省の例を見ますと、例えば駐車違反の取り締まりの民間委託とか、官民協働刑務所ということで刑務官の不足を補うという知恵が10年前から行われているわけであります。それにもかかわらず、労働基準監督署はこの深刻な問題をこれまで放置していたので、遅まきながら民間の専門家を活用して定期監督の業務の一部を委託する。ぜひこれはこの規制改革会議で実現できればいいかと思います。以上であります。」
大田議長「今の御説明に御意見、御質問ございませんでしょうか。御異議ありませんか。
それでは、原案のとおり決定いたします。以上によりまして、本日の議事は全て終了いたしました」

【ご参考】【「労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」の設置について】内閣府(PDF:164KB)

厚生労働省は、「そもそも警察の放置車両確認事務とは根本的に違う」「民間委託した場合、労働基準監督官に取り次ぐタイムラグが生じ、その間に証拠隠蔽が行われる可能性がある」として、「労働基準監督官が行っている重要業務は民間委託できない」と反対しました。

さらに、「相談対応・情報収集・法令の周知などの業務について、社労士・民間OBなどの民間委託を活用する」「早期に法律違反の改善を図らせるための企業名公表に取り組む」「労働基準監督官について最大限必要な定員の確保に努める」と改善案も提示しました。

【ご参考】【「労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」の検討状況】内閣府(PDF:16KB)

【ご参考】【第1回労働基準監督業務の民間活用タスクフォース 厚生労働省提出資料】内閣府(PDF:172KB)

【ご参考】【第2回労働基準監督業務の民間活用タスクフォース 厚生労働省提出資料】内閣府(PDF:336KB)

ところが、規制改革推進会議は、労働基準監督業務の一部を民間委託することを盛り込んだ提言を取りまとめました。内閣への答申に盛り込む、ということは、「その通りになる」と考えられます。それは、提案者の経歴から容易に想像できます。

タスクフォースで議長を務める大田弘子氏は、第1次安倍政権で民間人閣僚として経済財政政策担当大臣を務め、第2次安倍内閣では内閣府規制改革会議議長代理に就任、第3次安倍内閣でも内閣府規制改革推進会議議長に就任しています。

タスクフォースの主査を務める八代尚宏氏は、第1次安倍政権から労働政策立案に中心的に関わっていた人物で、2006年12月に開かれた内閣府のシンポジウムでは「既得権を持っている大企業の労働者が、弱者(非正規)をだしにしている」と発言しています。

八代氏の「正規・非正規の賃金格差の見直しが必要」という主張が、現在、働き方改革で同一労働同一賃金が議論されるきっかけになっています。大企業の正社員を悪者と据えていることから、八代氏の考えは「賃金を低い方にそろえる」改革であることが窺えます。

【ご参考】【八代主査提出資料】内閣府(PDF:336KB)

「労働基準監督官が圧倒的に少ない。民間事業者を補完的に使えないか」と、「労基署業務の民間委託」を提案した八代氏の発言を議事録から見てみます。

「公権力の行使とは、例えば違法建築を取り壊すときにも、国交省の係員が紙を持って立っているだけで、実際に建物を取り壊すのは民間の建設会社です」
「駐車違反取り締まり業務においても、駐車違反自体を捉えるのではなくて、道路に放置されているいわば「粗大ごみ」としての車両を行政法違反として摘発するという巧みな論理構成によってこれが実現した」
「最近よく出ている基準監督官の覆面座談会というものを拝見しますと、新人事制度というのは必ずしも現場からは歓迎されていない」
「原則2人で行くことにして、問題がないような事業者は1人でも構わないというほうにしてもらえないかというのが覆面座談会での監督官の言い分でした」

八代氏の発言に出てくる「覆面座談会」とは、週刊誌に掲載された記事だと思われます。その週刊誌記事から一部を抜粋して紹介します。

【労働基準監督官の職場もブラック化―現役監督官 覆面座談会】

司会―労働基準監督官を一言でどう説明するか?監督官の仕事というのは、企業労務の監督・指導に始まり、労働法違反があった場合には法的責任も追及する。職務範囲が多面にわたるので表現が難しかった。でも、一番インパクトのある側面を表現するなら「労働法の警察」ですよね。
監督官A―司法警察員として逮捕も送検もします。ただ、逮捕権を行使するのって、そりゃあ大変。まず逮捕しても留置場がないから、警察に借りなきゃならない。
司会―警察の留置場って、いつも混んでますよね。すんなり貸してくれます?
監督官A―嫌がられます。
司会―やっぱり(苦笑)。労働法違反を軽く見てるんですよね。
監督官C―われわれは「労働法の警察」の他に、企業が労働法を順守するよう指導する行政官としての役割がある。問題のある企業にはまず、行政官として接する。それじゃあこの会社は変わらないと判断したら、検挙目的に徹する。企業には「こちらがあなたの話を聞こうとしているうちに、やるべきことをやってください。やらなかったら私は変身しますよ」と事前に伝える。
司会―それって、まるでおかあちゃんですね。「言われるうちが花よ、やらずにいたらお尻ぺんぺんだからね!」。なるほど、監督官って、労働法のおかあちゃんなんだ!
一同―ハハハ(笑)
監督官A―ただ、期待頂いても素直に喜べない葛藤もあるのが正直なところです。
司会―どんな葛藤でしょう?
監督官A―はい。二つあって、まず、われわれの武器である労働法制が中途半端であること。例えば企業には労働者の労働時間を把握するよう迫るけど、把握する義務って法律には書かれていない。指針だけなので、お尻をたたけないんです。
司会―もう一つは?
監督官A―監督官の頭数が絶対数として足りない。
監督官B―実動部隊として動く監督官って全国で2000人を切っていますから。組織のてっぺんである霞が関の厚生労働省は不夜城といわれますが、時に現場も同じ。ブラック企業を取り締まるべき職場がブラック企業化している。
監督官C―労働者には自分でやれることはやってほしい。これは監督官不足の問題を抜きにしても言っておきたい。監督官が労働問題解決の代行をやってくれるという他人任せでは、自分が求める結果は得られません。だから、労働者に闘う意思があるならばサポートします。(2014年12月17日 週刊ダイヤモンド)

厚生労働省の抵抗もむなしく、たった3回の会議、実質3時間に満たない議論を経て、民間委託の方向が決まってしまいました。民間委託に反対する理由を開示した厚生労働省の資料が丁寧に議論された形跡はありませんでした。

厚生労働省を「多くの労働法違反など、深刻な問題をこれまで放置していた」と厳しく批判する委員の目には、「役人が省庁の利益を頑なに守ろうとしているに過ぎない」と映ったのかも知れません。とはいえ、まるで居酒屋で語られる愚痴を根拠に、「違法建築物の解体」や「粗大ごみ」と同列に語りながら民間委託を迫ったことには違和感を感じます。

労働基準監督官の業務を民間委託することについては、「人手が足りないから」と安易に考えず、学者・識者による机上の空論で終わらせないよう真摯に検討すべきだとユニオンからコメントしました。

【ご参考】【労基署業務の一部民間委託を提言へ】

職場で問題を抱えてしまった労働者にとって、労働基準監督署は助けを求めるいわば「駆け込み寺」であり、最後の頼みの綱でもあります。労働者保護の視点が抜け落ちた議論のまま、民間委託が実現してしまうであろうことに一抹の不安を覚えます。

出典元:産経新聞・内閣府・週刊ダイヤモンド