【働き方どこまで変わる 残業上限に初の強制力 働き方改革実行計画】

2017年3月29日
朝日新聞

安倍政権が「最大のチャレンジ」と位置づける働き方改革の実行計画がまとまった。
残業時間に罰則付きの上限規制を初めて設けることが決まり、非正社員の待遇改善をはかる「同一労働同一賃金」の実現に向けた法改正の内容も盛り込まれた。ただ、積み残しとなった課題も多く、私たちの働き方がどれだけ変わるかははっきりしない。

「日本の働き方を変える改革にとって歴史的な一歩だ」。
安倍晋三首相は28日、首相官邸で開かれた働き方改革実現会議の会合で胸を張った。

経団連の榊原定征(さだゆき)会長は会議終了後、記者団に対し、残業時間の上限規制について「労使が協議を重ねて合意に達したのが非常に重要な意味がある」と発言。連合の神津里季生(りきお)会長も「70年の労働基準法の歴史の中でも最大の節目になり得るものだ」と会議の成果を強調した。

計画には、テレワークや副業・兼業などのガイドラインの整備、病気治療と仕事の両立支援といった項目も並ぶ。2017年度から10年間にわたる改革の工程表にあたるロードマップも示した。

残業規制では、繁忙期の上限を「2~6カ月平均でいずれも月80時間」とすることなどを定め、改正労基法の施行から5年が過ぎた後に規制内容の見直しを検討することを盛り込んだ。

運送業や建設業への規制の適用は5年間猶予することを明記。原則として診療を拒めない「応召義務」がある医師については、改正法施行の5年後をめどに規制の対象とするものの、具体的な規制内容は今後検討するとした。研究開発業務についても、従業員の健康確保措置をとることを前提に規制の対象外とされた。

■「抜け穴」対策は未定

改革の実効性を高めるための課題は山積みだ。「年720時間」の残業上限には、休日労働が対象外とされていて、「抜け穴」があることが判明。実質的に「年960時間」まで時間外労働ができる制度設計になっていた。見直しについては現時点で白紙だ。

過労死の認定基準を根拠とする「月100時間未満」などの上限そのものも、民進党などの野党や過労死した人の遺族団体から再三批判を浴びてきた。広告大手、電通の新入社員で過労自殺した高橋まつりさんの母、幸美さんはこの日改めて談話を公表。「過労死をさせよ!と認める法案(になるの)でしょうか」と疑問を投げかけた。

実行計画は、労働時間に関する規制の例外となる「高度プロフェッショナル制度」の新設や裁量労働制の拡大について、国会に提出済みの法案の「早期成立をはかる」ことも明記。だが、こうした法案には「長時間労働是正の動きと逆行する」という批判が根強い。

同一労働同一賃金に絡む法改正については「企業活動に与える影響が大きい」との理由で「十分な準備期間」が設けられることになり、政府が目指す19年度に改正法を施行できるかどうかは不透明だ。

終業と始業の間に一定の休息時間を確保する「勤務間インターバル制度」を普及させる取り組みや、パワーハラスメントの防止策など、具体策の検討が今後に委ねられた課題も目立つ。

■成長効果には疑問も

アベノミクスが当初の勢いを失うなか、安倍政権は働き方改革を経済活性化策の柱の一つに位置づけた。ただ、政府がまとめた「実行計画」が経済成長の底上げにつながるかどうかについては、慎重な見方を示す専門家が目立つ。

日本総研の山田久調査部長は「具体策が示されたのは、残業時間の上限規制と同一労働同一賃金だけ。これだけでは経済全体のパイは増えない」。転職・再就職支援の拡充や新しいスキルを身につけるための職業教育制度の整備など、成長産業に働き手が移動しやすくする取り組みが必要だと指摘した。

改革が実現できれば成長率は年0.5~1.1%押し上げられる――。みずほ総合研究所みずほ銀行はこんな試算を公表した。ただ、「女性・高齢者の就業率アップや非正社員のスキル向上に向けた取り組みの具体化が条件になる」(みずほ総研の太田智之経済調査部長)と指摘する。

■改革の実効性、労使がカギ

長時間労働と非正社員の処遇の低さは、正社員を中心につくられてきた日本型雇用システムの陰の部分として長く指摘されてきた問題だ。

実行計画には不十分な点が多く、批判もある。ただ、労使任せでは改善できなかった二つの問題に政権が切り込んだことには、一定の評価ができるだろう。大切なのは、今回の議論を一時のお祭り騒ぎに終わらせないことだ。改革の機運をしぼませず、実効性を高めていけるかどうか。カギを握るのは企業の労使だ。

長時間労働是正と非正規の待遇改善について実行計画が想定する改革案は職場を熟知する労使の話し合いに具体策が委ねられた部分が多い。それぞれの職場に適した取り組みを労使が進めることが必要になる。

流行に遅れまいとするかのように「働き方改革」を口にする経営者は増えたが、問われるのは中身だ。労働組合の責任も重い。二つの問題は、本来は労組が自ら経営者に求めていくべき課題だからだ。

現実には労組がない職場も多い。どんなに立派な法律を作っても、働く側がその法律を使って権利を主張しなければ、効果は発揮できない。監督体制の強化や労働法の知識の普及など、働き手が権利を行使しやすくするために政府ができることもある。

ユニオンからコメント

最終回となる第10回働き方改革実現会議で「働き方改革実行計画」が決定されたというニュースです。政府は、秋に開かれる臨時国会で関連法の改正案を成立させ、2019年度の施行を目指すことも公表しました。

【ご参考】【第10回働き方改革実現会議】首相官邸

【ご参考】【働き方改革実行計画】首相官邸(PDF:752KB)

【ご参考】【働き方改革実行計画(工程表)】首相官邸(PDF:676KB)

実行計画では、具体的内容の先頭に、「同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善」が掲げられました。「同一労働同一賃金の導入は、正規雇用と非正規雇用の間の不合理な待遇差の解消を目指すものである」として、関連する法律の改正を行うとしています。

現在の法律には、均等待遇の規定が有期雇用については規制がありませんが、「事業者は、有期雇用についても、雇入れ時に、労働者に適用される待遇の内容等の本人に対する説明義務を課す」を加えるとしました。

また、現行制度では、(パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者)に対して、待遇に関する説明義務を事業者に課していませんが、改正案は「雇入れ後に、事業者は(パート・有期雇用・派遣)労働者の求めに応じ、比較対象となる労働者との待遇差の理由等についての説明義務を課す」としています。

これらは、「同じ仕事なら、同じ待遇を」と法律で定め、有期雇用の人に「正社員と何が違って、どうして違うのか」を会社が説明しなくてはならなくなるということです。説明された理由が「不合理であれば認められない」が原則になりますから、労使紛争が急増しないよう、引き続き丁寧な議論が求められます。

テレワークについては、「国民運動としてテレワークを推進する方策を関係府省が連携して検討し、実施する」と書かれました。テレワークのガイドライン刷新と導入支援が柱になっています。

テレワークには、「在宅勤務」の他に、ノートパソコン等を活用して臨機応変に仕事場所を変える「モバイルワーク」、小規模なオフィスや共同利用型のオフィスで仕事をする「サテライトオフィス勤務」があります。

政府は、これまで「在宅勤務」に限定されていたテレワークのガイドラインを改定し、「モバイルワーク」や「サテライトオフィス勤務」をテレワーク普及に活用するため追加し、長時間労働を招かない労働時間管理についても検討するとしています。

【「テレワーク」導入広がる】

会社以外の場所で働く「テレワーク」が広がりつつある。働き方の見直しが求められているのに加え、パソコンの安全対策が進んだことなども追い風となっている。
総務省の調査によると、従業員100人以上の企業のうち、テレワークを導入した割合は、2015年で16%と、13年の9%の倍近くに増えた。昨年9月には政府が働き方改革の柱の一つとして「テレワークの推進」を挙げている。(2017年3月25日 読売新聞)

【自宅などで働ける「テレワーク」、富士通が4月から全社員に導入へ】

富士通は28日、IT技術を活用し、自宅や貸しオフィスでも仕事ができる「テレワーク勤務制度」を4月21日から全社員約3万5千人を対象に導入すると発表した。テレワーク勤務は利用回数に制限はない。
終日テレワーク勤務は週2回まで認められ、1日8時間までとする。また勤務時間の管理として不要な残業を減らすためのソフトも導入。予め社員の勤務時間を設定し、パソコンを使用できなくする機能も盛り込む。(2017年2月28日 産経新聞)

IT技術の進歩や人手不足を背景に、テレワークは着実に普及しつつあります。ソーシャルハートフルユニオンでも、障害者の長期就労定着の妙案の一つとして期待を寄せていますが、テレワークの弊害への対策も必要です。情報漏洩・労働時間管理・新たな評価基準だけではない、「ストレス」への対策です。

【オフィス外勤務でストレスや不眠症リスク増か、ILO報告書】

オフィス外勤務では、通勤時間を節約でき、仕事に集中しやすい環境も整うが、その一方でサービス残業やストレスが増加するほか、不眠症のリスクも生じる恐れがあるとの報告書が15日、発表された。報告書を発表したのは、国連の専門機関、国際労働機関(ILO)。

ILOはオフィス外で働くことによるメリットとして生産性の向上を挙げた。しかし、その一方で「長時間労働、労働の高密度化、仕事とプライベートとの混在」といったリスクが伴うことも指摘している。

今回の調査では、常に在宅勤務している人、モバイル機器などを使ってさまざまな場所で仕事をする人、オフィス内外の両方で仕事をする人の3グループに分類した。調査の結果、常にオフィスで勤務している人に比べて、3グループすべてで、高ストレスと不眠症の高い発症率がみられ、また全体的に「通常は私生活のために確保されているスペースと時間に仕事が侵入」するリスクが広く確認された。(2017年2月16日 AFP通信)

ILOの報告書は、EU加盟10か国のほか、アルゼンチン、ブラジル、インド、米国、日本で集めたデータを基に作成されました。こうしたストレス被害への対策もテレワーク導入の議論ではおろそかに出来ません。いっぽう、医学的にも検証されたという「ストレスチェックの新技術」が開発されています。

【音声でストレスチェック 神奈川県が実証実験 スマホに録音、未病改善へ】

神奈川県と日立システムズは、神奈川県職員のストレス管理対策として、スマートフォンに音声入力をするだけでストレス状態をチェックする「音声こころ分析サービス」を導入する。
同サービスはスマートフォンなどで録音した音声データを分析して、心の状態を「見える化」し、利用者にメンタル疾患の自覚や予防を促すもの。具体的には、1回20秒ほどの言葉を6回程度発声すると、発話時点での心の元気さを示す「元気圧」と長期的な心の傾向を示す「活量値」を数値化する。(2017年2月21日 産経新聞)

テレワークの導入推進に向けた議論では、「社外勤務で高くなるストレスを、スマホでチェックする」が可能になるよう、精神科医とIT技術者からの意見を交えて話し合うような複合的な取り組みを期待します。そして、私たちには、テレワークの普及が新たな「悲惨な労働問題」を産み出すことのないよう、「より良い環境のもとで、柔軟な働き方が普及していく」という本来の目的が置き去りにされていないか、議論を見届ける責任があります。

出典元:朝日新聞・首相官邸・読売新聞・産経新聞・AFP通信