【公的マネーが大株主 980社】

2017年2月26日
朝日新聞

年金資産を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日本銀行が、東証1部に上場する企業の約半数の約980社で事実上の大株主になっていることが、朝日新聞などの調べでわかった。経済政策アベノミクスによる巨額の「公的マネー」が株式市場を支える一方、企業の本来の実力が株価に正しく反映されない恐れもある。

GPIFと日銀は、東証1部上場の株式を幅広く保有するが、信託銀行などを通じて買い入れるため、各企業の株主名簿には名前が出ない。信用調査会社の東京商工リサーチと、ニッセイ基礎研究所の井出真吾氏の協力を得て、GPIFと日銀が2016年3月末時点で実質的に保有する株式の状況を推計した。

世界最大級の機関投資家であるGPIFは14年10月、国債による運用が低金利で難しくなり、国内株式への投資を大きく増やした。昨年3月末で約30兆円を運用する。一方、日銀は株価向上による景気刺激をねらい、国内株式に分散投資するETF(上場投資信託)を購入する。昨年末で約11兆円を買い入れている。

東証1部上場企業の時価総額は約500兆円。GPIFと日銀を合わせ、全体の8%を占める約40兆円の公的マネーの存在は、民間最大の機関投資家である日本生命保険の運用額約8兆円を大きく引き離す。

GPIFと日銀が実質保有する株式を足すと、東証1部の1945社(16年3月末時点)のうち約980社で、5%超の大株主だった。間接的な保有のため株主総会では議決権行使ができないが、全体の4分の1にあたる約490社では事実上の筆頭株主となった。
旧ミツミ電機(現ミネベアミツミ)17%、アドバンテスト16%などで特に保有比率が高い。東芝やシャープ、タカタなど業績不振で配当を見送る90社超の株式も持つと見られる。

14年10月に1万6000円台だった日経平均株価は15年4月、15年ぶりに2万円台にのせた。株価が上昇したのは、日銀とGPIFが株価を下支えしてきた効果もある。

野村証券の松浦寿雄氏の試算によると、日銀のETF購入だけで日経平均株価を約2000円押し上げる。松浦氏は「株価が下落しにくくなっている」という。独立系ファンド「さわかみ投信」の草刈貴弘・最高投資責任者は「株価は企業業績のバロメーター。公的マネーがどんな企業にも投資すると、経営を改善しようとする企業の規律が緩んでしまう」と話している。

ユニオンからコメント

多くの上場企業の株式が、日銀や年金の資金で買われていることがわかったというニュースです。記事では、莫大な公的資金が流れ込んだ株式相場が、不健全な「官製相場」になっていると指摘しています。

GPIFとは、厚生年金保険法及び国民年金法に基づき厚生労働大臣から寄託された積立金の管理及び運用を行っている(年金積立金管理運用独立行政法人)の略称で、会社員が払う保険料を原資とした積立金を運用しています。

【ご参考】【年金積立金管理運用独立行政法人】

ETFは、各証券取引所に上場されている投資信託の一つです。数万円の小額から投資することができ、手数料も安いので、初心者が始めやすい商品だと紹介されています。

【ご参考】【ETF】株式会社日本取引所グループ

現在、多くの上場企業で主要株主が政府・日銀だということですから、見方を変えると、安倍首相が経団連に何か要求するのは、「株主の意見」でもあります。株主にとって最大の関心は「株価」です。上場している株式はいつでも売却することができますから、株主の意見には企業も従わざるを得ません。

また、現在議論されている働き方改革は、テーマによっては「労使交渉」の側面があります。労使交渉とは、憲法で保障された団体交渉権を行使することで、労働組合が行う団体交渉そのものです。「働き方改革=団体交渉」とすると、「団体交渉の場に株主が出席して自由に発言している」ようなものですから、異常事態です。春闘も団体交渉の一つですから、安倍首相が経団連にベアを要求する「官製春闘」は、異例と称されるのです。

団体交渉には「誠実交渉義務」というルールがあります。これは、立場が対立しがちな労・使が、きちんと話し合うためのルールです。対立する立場とは、「給料を払う側」と「給料をもらう側」の違いですから、低くしたい側と高くしたい側から正反対の要望が出されるケースがあります。

そのような真っ向から対立する状況でも、お互いが知恵を出し合って、誠実に話し合いながら合意・決着を目指すための取り決めが誠実交渉義務です。安倍首相のように期限を迫って語気を強めたり、「この話はなかったことになる」などの投げやりな態度は、不誠実交渉として法律で厳しく禁止されています。

働き方改革では、(介護・治療と仕事の両立)や(外国人労働者の受け入れ)など、労・使だけの話し合いでは結論が出にくいテーマが掲げられています。このような内容については、労使双方が話し合って良案を作り出し、その実行に法改正が必要な場合に(政・公)が関与するような健全な姿になっていくことに期待します。

【官製相場、世界に類なし】

GPIFと日銀による公的マネーは、その存在の大きさから、株式市場では「2頭のクジラ」と呼ばれる。両者は歩調を合わせるように、アベノミクスによる株高を演出してきた。
巨大な官製相場ができあがる転換点は、2014年10月にさかのぼる。その半年前の消費税率引き上げで減速した景気を刺激しようと、日銀は追加緩和策を決めた。日銀の金融政策が出口を迎えれば、企業の株価は不安定になりかねない。株式の運用比率を上げたGPIFも打撃を受ける。2頭のクジラは一蓮托生(いちれんたくしょう)の関係ともいえる。

公的年金を株式市場で運用する例は、カナダやノルウェー、米カリフォルニア州などでもある。だが、運用資産の規模で約130兆円と世界最大級のGPIFには遠く及ばない。
また、日銀のように政策として政府部門が株式を購入するのは「世界的にほとんど例がない」。似た例を探しても、通貨危機に見舞われた香港政府が98年、香港ドルを売って株安をしかけた投機ファンドへの対抗措置として2週間、市場から株を買い入れた例があるぐらいだ。量も質も世界に類をみない官製相場はいつまで続くのか。アベノミクスに隠れた「わな」からは当面抜け出せそうもない。(2017年2月26日 朝日新聞)

別の記事では、大量の公的資金が株式市場に流れているのは世界的に見ても類がない事態だ、と紹介しています。もう一つ「世界的に類を見ない」といわれるのがマネタリーベース、「日銀が刷っているお金の量」についてです。

【ご参考】【1月の通貨供給量、3.5%増=日銀】

官製相場については、「株式市場は幅広い投資家による自由な取引で株価が決まるべきで、長期にわたって公的マネーの関与が強まるべきでない。中央銀行が株式市場に介入する例は珍しく、慎重な出口戦略が必要だ」。

マネタリーベースについては、「量的緩和の終了を決めた米国でさえ、市場の動揺を避けながら資金供給量を減らすメドが立っていない。出口戦略に向かいだした米国でも、株価など資産価格の上昇ほど、実体経済の回復は追いついていない」。

どちらについても、専門家は「出口戦略が重要だ」と口を揃えます。出口戦略が難しいとは、悪い言い方をすれば「簡単に後戻りできない状態」ということです。当然ですが、世界情勢や時代変化に応じた適切な対応であって、私たちの明るい未来のためでなければ、「世界に類を見ない特殊な状況」を受け入れることは難しいでしょう。

また、株式相場に投入された40兆円の公的資金に見劣りしないのが、海外支援に使われる税金です。安倍首相が諸外国に外遊する先々で表明した海外支援については、これまで何度もニュースで流れました。第2次安倍内閣発足以来、約50回行った外遊のうち半数の26回で、ODAや円借款などに言及しています。

安倍首相が国連で演説した際に表明した「シリアの女性支援へのODA3000億円」、国連サミットで表明した「難民支援に2850億円拠出」以外にも、決定したと報じられている支援は「ASEANに5年間で2兆円規模のODA拠出」「アフリカへ3兆円支援」「インドに5年で3兆5000億円の官民投融資」「アジアのインフラ投資支援に約13兆円を提供」など、総額で約40兆円にのぼります。

働き方改革には877億円の予算が計上されました。
同一労働同一賃金については、非正社員の正社員転換に取り組んだ企業を支援する予算が573億円、最低賃金引上げと生産性の向上については29億円、これから話し合われるテレワークの推進については16億円が計上されています。株式市場へ流れ込む40兆円、海外支援に使われる40兆円に比べると、ずいぶん見劣りするように感じます。

例えば、「ふるさと納税」は、どこに税金を納めるか自ら決める権利がある制度だと言い換えることができます。納税を「権利」と考えると、収めた(これから収める)税金がどのように使われるのか厳しくチェックすることが私たちの「義務」になります。働き方改革や税金の使い道など、賛否や立場が分かれるような議論では、一人一人が自分の考え・意見を持つことがとても重要になります。

出典元:朝日新聞・年金積立金管理運用独立行政法人・株式会社日本取引所グループ