第3027号【第5回 聴覚・言語障害①】

文字で情報の伝達を
背後気にならない工夫も

あいまいさから生じた溝

厚生労働省指針―面接を筆談などにより行うこと―

大手企業に5年間勤務している聴覚障害A(先天性・感音性難聴)は、同僚から髪型を褒められた。しかし、Aはその髪型を気に入っておらず、からかわれたと感じてしまう。

その日を境に、ことあるごとに周囲が自分を馬鹿にしていると思うようになった。仕事にも影響が出てしまい、上司にやめて欲しいと訴えた。だが、上司は同僚から十分にヒアリングを行ったうえで「そのような事実はない」と判断し、Aに「考えすぎではないか」と伝えた。Aはその答えが不誠実で被害妄想と宣言されたように感じ、「相談しても何もしてくれない」とふさぎ込んでしまった。

以降、周囲が笑顔でいれば自分を馬鹿にしていると感じるようになり、身ぶり手ぶりで業務指示をされると不快に思う日々が半年間続いた。そして、とうとう精神科で抑うつ症と診断されてしまった。相談に来たときには、会社に対する恨みや酷さを語り、同僚の個人名を挙げて同僚や会社に報復したいとまでいうほどだった。

問題は、Aが手話を習得していなかったこともあってか、入社当時には行われていた筆談やメールによる指示、連絡がいつの日からかされなくなり、読唇や身ぶりで何となくコミュニケーションをとっていたことにあった。

確かに、Aが一人のときにも電話が鳴っていたり外部業者の訪問に対応したりと聴覚障害者に対する情報保障や配慮について多少会社に問題があったことも事実だ。

しかし、トラブルがここまで深刻化した原因は、最初にAが上司に相談したときにあった。上司の相談の場で筆談など文字によるコミュニケーションがまったく行われていなかった。手話も筆談も使わずに相談を行っても正確に意思の疎通を行うことは非常に困難である。また”同僚に十分にヒアリングをした”ことで自分が相談をしたこと自体が同僚に知られてしまい、相談する相手もいなくなっていた。ここから両者に大きな溝が生まれ、抑うつ症という深刻な健康被害にまで至ったと考えられる。実は本人は同僚が馬鹿にしてなどいないことを知っていたものの、視線が合ったり自分が参加していないときの会話が聞き取れなかったりしたために、認めることができず苦しんでいた。この問題は、筆談やメールによる情報保障を再度職場で徹底したのはもちろんだが、視界をさえぎる簡易的なパーティションを設置することや座席の配置を変えることで解決した。

速度より正確さ優先して

聴覚・言語障害者が職場で抱える問題は、コミュニケーションの速度に関するものが多いと思う。上司との相談で筆談が行われなかったのは、口頭に比べて時間がかかるもどかしさも理由の一つだった。また視線や視界の問題も、一度その席に座って検討してみれば解決策がみえてくるのではないだろうか。別のケースでは、聴覚障害者Bが別の障害者Cを担当した際、CがBを呼んでも返事をしないことから物をぶつけるなどのトラブルになるというものがあった。この場合、聴覚障害者の後ろに人が通るスペースをなくすことや背後に人を配置しないなどの工夫をすることで事態を防止することが可能である。

出典元:労働新聞 2015年8月17日