【「手術望む人には希望」 性別適合手術、保険適用へ】

2017年11月30日
朝日新聞

性同一性障害の人が体を心の性に合わせる「性別適合手術」が来年度から公的医療保険の対象になる見通しとなった。当事者からは歓迎の声が上がった。一方で、安易に手術に踏み切る人が増えないか懸念する声もある。

性同一性障害の人は、体と心の性が一致せず、日々の暮らしの中で違和感に苦しむ人が多い。
兵庫県宍粟(しそう)市の会社員、前田良さん(35)は性別適合手術を受け、2008年に戸籍上の性別を「女」から「男」に変えた。思春期から「なんで体も男として生まれなかったのか」との疑問が強くなり、成人後、交際していた妻(35)と婚姻届を出すため性別変更を望んだ。日本とタイで2回、手術を受けた。200万円以上かかったが、「やっと男に戻れた。これで結婚できる」と喜んだ。
保険適用について、「手術を望む人には希望になる。金銭的なハードルは下がる」と期待を寄せる。

性同一性障害の当事者らでつくる「gid.jp 日本性同一性障害と共に生きる人々の会」は10年以上、公的保険適用を国に要望してきた。前代表の山本蘭(らん)さん(60)は「経済的に手術を受けるのが難しかった人にも道が開ける」と歓迎する。現在、国内で適合手術を実施する医療機関は少なく、希望者は3~4年待ちの状態という。「保険適用で希望者が増えれば、手術が受けられる医療機関も増えないと待機期間はさらに延びる。全国で手術を受けられる環境が整うことを期待したい」と話す。

■手術なしで戸籍変更、要望強く

懸念の声もある。都内で若い性的少数者の集まり「にじーず」を開くトランスジェンダーの遠藤まめたさん(30)は、保険適用は望ましいとする一方で、「より安易に自分の臓器を摘出する方向にならないか」と危惧する。
今の法律では、戸籍上の性別変更のために適合手術を要件の一つとしている。
遠藤さんの周りでは、体が女性で心が男性である場合、切実な違和感を覚えていなくても、結婚や就職などの都合で子宮や卵巣を取ってしまうケースがあるという。「法律に合わせ、自分の体を変えている現実がある」と指摘する。性的少数者を支援している前園進也弁護士は「性別変更のための手術要件こそ撤廃すべきだ」と訴える。

世田谷区議の上川あやさん(49)は04年に手術を受けて性別を男性から女性に変え、「心と体が調和した安心」を手に入れたという。それでも「人それぞれ求めるものは異なる。当事者の周囲も社会も『性同一性障害なら手術はするもの』と短絡的にはならないで欲しい」と話す。

29日に保険適用を大筋了承した中央社会保険医療協議会では患者関連団体が、適合手術を受けたが体を元に戻したい人がいることに言及し、「手術を受けた人がその後どう思っているのか、追跡調査も必要では」と厚生労働省に提案した。

ユニオンからコメント

性同一性障害者の「適合手術」が公的医療保険の対象になるというニュースです。

「性同一性障害」とは、心と体の性別が一致せず精神的に苦しむ障害のことで、精神保健福祉法上では「精神障害」の1つとされています。
2004年7月に施行された「性同一性障害特例法」によって、一定の条件を満たせば家庭裁判所で性別の変更が認められるようになりました。その条件の中に「子宮や精巣などを摘出する性別適合手術を受けること」が含まれてます。

【性別変更後「元に戻したい」 同一性障害、こんな悩みも】

自分は性同一性障害だと考えて戸籍上の性別を変えたが、やはり適合できず元に戻したくなった――。性別変更をする人が増えるにつれ、こんな悩みを抱える人が出てきた。再変更は現在の法律では想定されておらず、ハードルは高い。
神奈川県茅ケ崎市の40代元男性は2006年、戸籍上の性別を女性に変えた。それをいま、強く後悔している。家裁に再変更の申し立てを繰り返すが、「訴えを認める理由がない」と退けられ続けている。04年に一定の条件を満たせば性別変更が認められる特例法が施行されたため、心療内科を受診。十数回の診察を経て、複数の医師から性同一性障害の診断を受けた。横浜家裁に性別変更を申し立て、06年7月に変更が認められた。
だが、すぐに後悔に襲われた。男性だった時には簡単に見つかった仕事が、女性になってからは断られ続け、性別を変えたためだと感じるようになった。弁護士に再度の性別変更を相談したが、「今の制度では難しい」と言われたという。
11年に戸籍上の性別を変更した別の一人も、関西地方の家裁に今年6月、変更の取り消しを求める手続きを申し立てた。自身の判断でホルモン投与や性別適合手術を受け、戸籍の性別まで変えたが、現在は「生活の混乱の中で思い込み、突き進んでしまった」と悔やんでいるという。

■診断の難しさも背景に

最高裁の統計では、特例法で性別の変更が認められた人は16年までに6906人に上る。年々増え続け、ここ数年は毎年800人以上で推移する。一方で、同法には再変更を定めた規定がない。法務省の担当者は「法律はそもそも再変更を想定していない。日本では性別適合手術が性別変更の要件になっており、ためらいがある人はここでブレーキがかかる」と説明する。性同一性障害の診断経験が豊富な「はりまメンタルクリニック」(東京)の針間克己医師によると、「自分の性への認識が揺らいだり、別の原因で生きづらさを感じた人が『自分は性同一性障害だ』と問題をすり替えたりする事例がある」と語る。針間医師はまた、性同一性障害の診断の難しさも背景にあると指摘する。診断前には様々な診察を行うが、「本人が強く主張すれば、その通り診断してしまうことはあり得る。先に性別適合手術を受けてきた場合はなおさらだ」と言う。(2017年10月29日 朝日新聞)

当事者にしかわからない苦しみを取り除くために、当事者らの実情に沿った柔軟な制度が作られることを期待します。
性同一性障害を含む性的少数者を表す「LGBT」という言葉について、すべての人に当てはまる言葉ではないと解説された記事がありましたので紹介します。記事が指摘しているように、2016年6月に閣議決定された「1億総活躍プラン」には、「性的指向と性自認に関する理解増進」と明記されています。「ダイバーシティ経営」を掲げ、性的少数者や障害者など多様な人材を受け入れ活躍推進に取り組む企業であれば、このような情報に鈍感にならず、当事者の声に耳を傾けることをどうか心がけてください。

【(ことばの広場)性の多様性】

「SOGI」という言葉をご存じですか。
どの性を好きになるかを表す「性的指向(Sexual Orientation)」と、自分の性別をどう考えるかを表す「性自認(Gender Identity)」の頭文字を取ったものです。
ここ数年で広まった「LGBT」。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を取っています。それぞれを分けて考えてみると、L・G・Bは性的指向、Tは性自認に関わるもので、当然ながら性的指向と性自認は別です。この言葉のおかげで性的少数者への理解が進んだ面はありますが、四つの分類に当てはまらない性的少数者もいるのに、ひとくくりにされたと受け取る人もいるようです。一方SOGIは「性的指向」「性自認」そのものを表し、特定の性的少数者ではなく「全ての人」に当てはまる概念です。国連などの国際機関に加え、日本でも使用が増えています。「SOGI」は朝日新聞の記事ではまだほとんど使用例がありません。しかし、性的指向・性自認を幅広く伝えることばとして、紙面に登場する機会が増えてくるかもしれません。(2017年11月1日 朝日新聞)

【ご参考】【LGBT人材「対応」3.6%】

出典元:朝日新聞