【働き方「矛盾」突く野党】

2017年2月1日
朝日新聞

施政方針演説で安倍晋三首相が最大のチャレンジと位置づけた「働き方改革」が、国会論戦の焦点に浮上している。広告大手・電通の新入社員が過労自殺した問題で注目された長時間労働の是正を求め、野党側は首相への追及を強める。

「時間外労働の上限は過労死基準をクリアすることが前提だ」
31日の参院予算委員会。政府の「働き方改革」で新たに定める残業時間の上限について、首相は「1カ月100時間または2~6カ月の月平均が80時間」とする過労死の労災認定基準を下回ることを強調した。

政府は新たな上限規制を月平均60時間(年間720時間)とする方向で調整中だ。一方で、経済界に配慮し、繁忙期は「月最大100時間」「2カ月の月平均80時間」も認める方針だが、野党はこれらの「不十分さ」を突く。

民進党の蓮舫代表は30日の参院予算委で「法律で過労死ラインまで働かせていいとお墨つきを与える」と批判。大串博志政調会長は「100時間は規制の数字に値しない」と指弾した。

矛先は、「残業代ゼロ法案」と批判され、継続審議になっている労働基準法改正案との「矛盾」にも向けられる。

改正案が高収入の専門職を対象に労働時間規制を外す内容だからだ。共産の田村智子氏は31日の参院予算委で「企業の労働時間管理の責任を後退させる。やるべきことが逆だ」と訴えた。

これに対し、首相は「健康の確保に十分留意しつつ、意欲や能力を存分に発揮できる環境をつくるためのものだ」として、長時間労働の是正を目指す方針とは矛盾しないと強調した。

野党は政府の対応の遅れも追及する。
民進、共産、自由、社民の4野党は昨年の通常国会に、長時間労働を規制する労基法改正案を共同で提出した。一方、政府は2月1日の「働き方改革実現会議」で議論に着手し、3月にまとめる実行計画をもとに法案作成に入ると説明するが、今国会への法案提出は絶望的な状況だ。

野党が攻勢を強めている背景には、電通の問題などを通じて、長時間労働の是正への社会的な機運が高まっていることがある。ふだん「批判ばかりで対案がない」と当てこする首相に対して、「過労死を二度と繰り返させないため、野党案を審議すべきだ」と強気の姿勢を見せる。

ユニオンからコメント

国会の議論で、「働き方改革」が焦点になり、早期の長時間労働是正を求める野党が追及を強めているというニュースです。

「時間外労働の上限は過労死基準をクリアすることが前提だ」とする政府は「月60時間」(年間720時間)、「繁忙期については配慮してほしい」経団連は「月最大100時間・2カ月の月平均80時間」、労働者の代表である連合は(現行の労働基準法で限度基準と定めている)「月45時間」(年360時間)と、それぞれが主張しています。

この残業時間の上限だけを争うことが、本当に「働き方改革」に関する議論といえるのでしょうか。現在繰り広げられている議論は、言い方を変えると「多くの会社が(労働基準法の)抜け道を使って、過重労働の実態がひどい」から、労働基準法を改正しようということです。

過労死をなくす目的であれば、2014年に「過労死等防止対策推進法」が施行されていますから、この法律を見直すことでも対応は可能になるはずです。
労働基準法の、いわば「ザル法」のような条項を、何とかするために労働基準法を改正する。つまり、働き方改革ではなく、単なる法改正の議論になっています。

「労働基準法を改正するだけの議論」であることを物語るように、いわゆる「残業代ゼロ法案」が残業時間規制の趣旨と矛盾するとの批判も出されました。実際に、労働基準法改正で検討されている「解雇の金銭解決」についても議論は続いています。平成29年1月30日に厚生労働省で開かれた第12回検討会の議題でも「解雇無効時における金銭救済制度の在り方とその必要性について」が取り上げられました。

【解雇の金銭解決、具体的論点示す 厚労省の検討会】

裁判で「不当解雇」と認められたり、解雇を巡ってトラブルになったりした場合に、会社がお金を払って退職させることができる「金銭解決制度」について議論する厚生労働省の検討会が30日開かれ、制度を導入する場合の具体的な論点が初めて示された。金銭解決を申し立てる権利を労働者だけに認めるか、労使双方に認めるかが、大きな論点の一つだ。(2017年1月31日 朝日新聞)

【ご参考】【検討事項(第12回検討会)】厚生労働省(PDF:76KB)

【ご参考】【透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会】厚生労働省

平成28年9月27日に開かれた第1回「働き方改革実現会議」で、安倍首相は次のように述べました。

「『働き方改革』のポイントは、働く方に、より良い将来の展望を持っていただくことであります。同一労働同一賃金を実現し、正規と非正規の労働者の格差を埋め、若者が将来に明るい希望が持てるようにしなければなりません」

「長時間労働を是正すれば、ワーク・ライフ・バランスが改善し、女性、高齢者も、仕事に就きやすくなります」

「働き方改革は、社会問題であるだけでなく、経済問題であります。我々は労働参加率を上昇させなければなりません。そして賃金を上昇させなければなりません」

【ご参考】【働き方改革実現会議】首相官邸

働き方改革は本来、はたらく人がより良い将来の展望を持つためのものであるはずです。単なる労働基準法の改正であれば、働き方改革と大げさに呼ぶ必要がありません。求められるのは冷静さと地道な作業です。

働き方改革のなかで長時間労働を是正するのであれば、残業時間の上限を決め罰則を作るだけでなく、残業代の割増率を引き上げることも検討すべきでしょう。
現在、ほとんどの会社で25%程度を割り増している残業代ですが、労働基準法第37条には25%~50%と規定されています。もし残業代の割り増し率が50%になれば、企業はコスト問題と捉え、自ずと残業時間の規制に取り組むはずです。また、はたらく側も収入と健康を見比べたはたらき方を自ら選択できます。法律には50%までと書かれていますから、大掛かりな法改正も必要ありません。

「働き方改革実現会議」でテーマとして掲げられた課題は、「非正規雇用の処遇改善、賃金引き上げ、長時間労働の是正」から「テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方、病気の治療・子育て・介護と仕事の両立、外国人材の受入れの問題」と多岐にわたります。
日本の将来に明るい希望が持てる、そのための改革であるなら、決して限定的ではない、多角的な議論が必要になります。

「賃金格差を減少させる=非正規労働者の賃金を上げる」だったはずの「同一労働同一賃金」も、処遇改善・待遇改善だけが言われるようになりつつあります。社員食堂の利用や交通費など、「同一会社・同一福利厚生」で終わってしまわないよう、9つのテーマを網羅した幅広い議論に期待します。

出典元:朝日新聞・厚生労働省・首相官邸