【野放しのパワハラ 「殺してえ」上司から罵声】

2017年6月25日
朝日新聞

2015年1月28日、ヤマト運輸の長野県内の営業所で宅配ドライバーをしていた男性が行方不明になり、6日後に県内で遺体で見つかった。46歳だった。1月末ごろに自ら命を絶ったとみられる。

「25年もヤマトで働いて頑張ってきたのに、俺のやってきたことは何だったんだろう」。失踪の前日、男性は妻に涙目でそう繰り返したという。遺族の代理人の鏡味聖善(かがみまさよし)弁護士によると、男性は営業所をまとめる「センター長」からパワーハラスメント(パワハラ)を受けていた形跡があった。

14年5月10日と同12日、男性は妻の助言を受けてセンター長との会話をスマートフォンで録音していた。
「俺マジいらないコイツ、殺してえなホントに」「小学生以下だお前は。クソ。クソだ」「どこでも空いてるセンターへ行け」「引きずり殺してやろうかと思った」。10日の録音には、センター長のこんな言葉が残っていたという。会話の内容から判断すると、センター長は男性の営業手法が強引だったとして叱っていたようだ。罵声は約2時間も続いたという。

12日も2時間以上にわたる叱責(しっせき)が録音されていた。
「本当に役に立たねえ」「バカなんだよコイツ。それがむかつくんすよ」「ここまでクズだと思ってもなかった」「俺の気に障るようなことが起きたら、その場でたたき殺すぞ」

センター長の上司にあたる「支店長」も同席していた。録音内容からは、支店長がセンター長の叱責を制止しようとした形跡は確認できなかった。支店長は男性に「まあ逃げ道ねえっすからと思って、やるしかないと思うんですよね」などと話したという。

男性は1989年に入社したベテランのドライバー。11年には「物販個人実績部門第1位」の表彰を受けたこともあった。だが、翌年秋ごろから、センター長を務める年下の男性社員の叱責に悩むようになったという。

同県内の労働基準監督署は16年3月、「『殺してえ』などといった発言を継続的に受けていたことは事実と認められる」として労災認定した。そうした叱責の結果、14年9月下旬ごろにはうつ病を発症し、自殺に至ったと判断した。

■職場で唾かけ・エアガン

同業の佐川急便では11年12月、仙台市の事業所の男性(当時22)が市内の自宅で自ら命を絶った。自殺の1週間ほど前、SNSにこう書き込んでいた。<上司に唾(つば)かけられたり、エアガンで打たれたりするんですが、コレってパワハラ?>

市内の専門学校を卒業した10年春に入社。亡くなった当時は主に経理業務を担当していた。岩手県に住む父親(54)は「明るくて友達も多い子だった。仕事以外に自殺する理由は何もなかった」と話す。書き込みをした4日後、クリニックで意欲の低下や食欲不振を訴え、うつ病と診断された。この日の夜、父親と電話で話し、3回ほど続けて問いかけたという。
「オレ、頑張ったよね」。

上司はエアガンで撃ったり、唾を吐きかけたりしたことを否定。仙台労基署は労災を認めなかったが、父親は労基署の決定を不服として仙台地裁に行政訴訟を起こした。地裁は昨年10月、自殺を労災と認める判決を言い渡した。

上司は裁判でも主張を変えなかったが、判決は男性が友人や母に同様の話をしていたことなどを重視。足元をめがけてエアガンを撃ったり、唾を吐いたりしたことを「事実と推認できる」と判断。上司の行為は「社会通念上認められる範囲を逸脱した暴行または嫌がらせ」だと指摘した。「あまりにも低次元で悪質な行為が職場で起きていたことが信じられない」と父親は憤る。

■相談最多、7万件超

長時間の過重労働が原因で労災が認められた過労自殺事件でも、パワハラ被害の疑いが同時にあったことをうかがわせる例が少なくない。記憶に新しいのは広告大手、電通の新入社員で、15年末に自殺した高橋まつりさん(当時24)だ。

亡くなる直前に業務が大幅に増え、月100時間を超す時間外労働をしていたことなどを主因として労災認定されたが、上司のパワハラをうかがわせるメッセージをSNSに書き残していたことも分かっている。

<君の残業時間の20時間は会社にとって無駄><休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ>・・・。
新人が幹事を務める社内の飲み会の後に「反省会」が開かれ、深夜まで先輩社員から細かい指導を受けたこともあったとされる。遺族の代理人を務めた川人(かわひと)博弁護士は「実感から言えば、過労死・過労自殺事件の8~9割で長時間労働と同時にパワハラがある。部下を人間として尊重しないという意味で、二つの問題には共通の土壌がある」と話す。

パワハラ被害は年々深刻になっている。15年度に心の病で労災認定された472件のうち少なくとも60件で、職場でのいじめや嫌がらせ、暴行が認められた。厚生労働省によると、16年度に全国の労働局や労基署などに寄せられた労働相談のうち、パワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」に関する相談が約7万1千件と最も多く、「解雇」や「退職勧奨」などを引き離して5年連続のトップだった。厚労省が昨年7月に実施した調査では、企業で働く人の3人に1人が「過去3年間にパワハラを受けたことがある」と答えた。

政府がパワハラ対策を本格的に議論し始めたのは11年度。厚労省が設けた有識者会議が12年3月、パワハラの典型的な行為を6類型にまとめた。それから5年以上が経つが、政府はいまだに抜本的な対策を打ち出せていない。パワハラは「野放し」にされていると言っても過言ではない。

■法規制なし、整備向け議論を

深刻な被害が後を絶たないのに、パワハラを防ぐための明確な規定は労働関係法令のどこにもない。行政の指導に従わずにパワハラを繰り返す職場があっても、改善を促す強制力は労働基準監督署にも与えられていない。

このため、政府が進める対策は今のところ、行政指導や企業の自主的な努力を促す周知・啓発にとどまらざるを得ない。厚生労働省が目下力を入れるのは、14年度に作った企業向けの「パワハラ対策導入マニュアル」の普及だ。就業規則のパワハラ防止規定の文案などを紹介している。ただ、意欲のある企業には役に立つマニュアルだが、問題意識の低い企業への効果は薄いだろう。

働き方改革実行計画はパワハラ対策の強化を明記した。厚労省は労使が参加する検討会を立ち上げたが、5月の初会合では法規制を巡り早くも意見が割れた。労組の代表が「法整備が必要」と訴えた一方、労働法が専門の学識経験者は「パワハラの定義があいまいで、業務上の指導との線引きが難しい」と慎重論を述べた。パワハラと「業務上適正な範囲の指導」との線引きはたしかに難しいが、多くのパワハラ被害者や遺族が訴訟を起こしている。裁判例などをもとに法規制に向けた積極的な議論を始めるべきだ。

ユニオンからコメント

深刻な社会問題になっている職場のパワハラについて、法整備に向けた議論が急務だと伝えるニュースです。ユニオンでもパワハラに関連するニュースを取り上げ、対策や解決法について提言してきました。

【ご参考】【3人に1人パワハラ受けた 厚労省調査】

【ご参考】【パワハラ相談、過去最多7万件に】

2014年4月にパワハラが原因の自殺者を出していた福島県警察署で、パワハラ行為が再び行われていた事件が報じられました。パワハラ行為は減少しておらず、救済が後手に回っているのが実情です。

【部下の頭にあんかけ、バリカンで丸刈りに・・・パワハラ警部補を停職】

福島県警は23日、飲食店で冷めたあんかけ料理を部下の頭にかけたほか、バリカンで頭を丸刈りにするなど11人にパワーハラスメントをしたとして、双葉署の男性警部補(36)を停職3カ月の懲戒処分にしたと発表した。警部補は同日、依願退職した。警部補は「自分は偉いと錯覚し、調子に乗っていた。部下に力を誇示したかった」と話しているという。警部補は、東京電力福島第1原発事故の避難区域のパトロールなどを行う警備部災害対策課に所属していた平成27年4月ごろから28年11月ごろの間、部下の尻を十数回蹴るパワハラ行為をした。他にも体づくりの名目で食事を終えた部下にさらにご飯を無理に食べさせたり、捨てるのが面倒だとして自分の食べたカップ麺の残ったスープを飲ませたりしていた。(2017年6月23日 産経新聞)

【知的障害ある息子の自死 「バカなりに努力しろ」メモに】

小学生のころから一日も学校を休まなかった息子が、就職からまもなく自殺した――。
両親は次男航さん(当時18)の死の理由を問い続けている。航さんには軽度の知的障害と学習障害があった。航さんが、職場の自動車部品工場へ向かう途中で自殺したのは3年前の5月20日。その日、いつもより早く家を出た航さんは、通勤に使っていた午前7時20分の電車をホームでやりすごした。次の電車も見送り、同46分の貨物列車に飛び込んだ。駅の防犯カメラに映像が残されていた。航さんは、現場で教えられた仕事の手順などを細かくノートにメモしていた。その中にはこんな走り書きがあった。「バカはバカなりに努力しろ」。臨床心理士で浜松市発達相談支援センターの内山敏所長は「知的障害や発達障害など目にみえにくい障害には誤解や偏見も多い。進学や就職の時期は特に、その人の生活上の困難の内容が十分に引き継がれ、適切な配慮がなされなければいけない」と注意を呼びかける。(2017年5月7日 朝日新聞)

長時間労働による過労自殺が注目を集めた電通事件でも、パワハラ行為の痕跡はありました。「過労死・過労自殺事件の8~9割で長時間労働と同時にパワハラがある」と専門家が指摘しているように、自分を死に追い込むまで長時間労働してしまう理由の一つがパワハラです。

日々のパワハラ被害によって大きなストレスを感じ、うつ病・抑うつ症になってしまう可能性が高いことは誰にでも想像できます。そして、うつ病と脳梗塞には密接な関係があるそうです。脳梗塞を発症すると、脳の中にある気分・感情に関わる神経細胞が破壊され、思考や感情をコントロールする情報伝達物質の流れが遮断されます。その結果、うつ病と同じ症状が現れます。さらに、うつ病は心臓疾患とも密接に関連しています。

【ご参考】【ストレスと心臓】国立研究開発法人国立循環器病研究センター

【これ以上働いたら壊れちゃう サービス残業の末の過労死】

「これ以上働いたら壊れちゃう」――。42歳で過労死した食品スーパーの男性社員は、亡くなる1カ月ほど前、友人宛てのメールにそう書いた。2014年5月17日、首都圏地盤の食品スーパー、いなげや(本社・東京都立川市)の男性社員は友人あてのメールにこう書いた。<これ以上働いたら本当に壊れちゃうよ>。その8日後、男性は勤務中に言葉が出づらくなり、救急車で搬送されて入院。いったん退院して仕事に復帰したが、翌月5日の夜、こんどは勤務が終わった直後に勤務先の店の駐車場で倒れているのを発見された。脳梗塞(こうそく)で21日に息を引き取った。2年後の16年6月、長時間労働による過労などが原因で死亡したとして、さいたま労働基準監督署が労災と認定した。いなげやでは03年にも都内の店に勤めていた20代の男性社員が自殺。東京地裁での裁判の末、長時間労働などを原因とする労災と認められた。(2017年6月11日 朝日新聞)

パワハラや過労死は、ほとんどの事件で「被害から報道されるまで」に数年もの時間がかかっています。どちらも事実が表面化するまでの時間が長いことが特徴です。会社がマニュアルを守るようになる。国が法規制する。その時を待っていては手遅れになる人もいます。深刻なパワハラ被害や、過労死に追い込まれるほどの長時間労働からは、「自分は危ないかも」と正常な判断ができるうちに逃げ出す以外、身を守る手段はありません。その後のことは、いったん逃げてから考えても十分間に合います。

出典元:朝日新聞・産経新聞・国立研究開発法人国立循環器病研究センター