【〈手話言語条例〉73自治体で成立 全国で制定広がる】

2017年1月30日
毎日新聞

手話を「言語」として普及させるための「手話言語条例」を制定する動きが広がっている。全日本ろうあ連盟(本部・東京)のまとめ(20日現在)では9県56市8町の73自治体で成立し、大阪府など19自治体が準備を進めている。制定を機に医療機関や観光案内で手話を取り入れるなど、独自の取り組みを始める自治体も出てきた。

初の条例は2013年に鳥取県で制定された。同年に2自治体▽14年8自治体▽15年22自治体▽16年41自治体――と広がった。

内容は自治体によって異なるが、大半は手話の普及で聴覚障害者とそれ以外の住民が互いを尊重し共生することが目的とうたう。手話を学ぶ機会の確保や手話通訳者の派遣、相談拠点の支援などを定め、事業者にも雇用環境整備などを求める。

鳥取県は14年から全国の高校・特別支援学校を対象にした「手話パフォーマンス甲子園」を毎年開催。手話によるダンスや演劇、コントなどで表現力を競う大会で、昨年は61チームが参加した。過半数が聴覚障害者以外のチームで、練習を機にろう学校との交流を始めた高校もある。担当者は「手話が使えるようになって楽しいとか、将来は福祉系の仕事に就きたいといった感想が寄せられている」と手応えを語る。

福島県郡山市では東日本大震災で罹災(りさい)証明などの手続きの際、手話通訳の必要性を市職員が実感したという。15年にできた条例は、医療機関が手話を使いやすい環境を整備するよう規定。市は医療関係者らを対象にした手話講座を開催し、現場では風邪の症状を尋ねるなど簡単な手話が導入されている。

京都市は昨年3月制定の条例で、手話が必要な観光客らに「もてなしの心」でサービスをするよう定めた。寺社やホテル、観光案内所のスタッフらに手話の研修も実施した。

「手話言語法」の制定を求めている全日本ろうあ連盟の久松三二(みつじ)事務局長は「当事者や市民の声を取り入れて、各地で特徴のある条例ができている。想定以上に広がっており、多様な言語文化を認める地域がさらに広がれば」と期待する。

手話は明治時代が起源とされるが、ろう学校では1933年ごろから読唇と発声訓練による口話法が広まり、「日本語が身につかない」との理由で手話は事実上禁止された。2006年に国連障害者権利条約(日本は14年に批准)で非音声言語も「言語」と明記され、11年の改正障害者基本法で手話が言語に含まれると規定された。

ユニオンからコメント

手話を言語と定める「手話言語条例」の成立が各自治体に広がっているというニュースです。同日付の毎日新聞には、当事者の声も紹介されています。

【自治体は実効性ある施策を】

聴覚障害者で初めて弁護士になった松本晶行さん(77)は手話言語条例の広がりを歓迎する一方、「理念にとどまらず、自治体は実効性のある施策を進めてほしい」と訴える。
法廷で裁判官や証人らの話す内容を理解するには、手話通訳でサポートしてくれる人が必要だが、当時通訳できる人は全国に数十人しかいなかったという。事務所職員と自己流の速記を編み出し、職員が手話の代わりに速記を通じて松本さんに伝えるようになった。
松本さんは「今後、条例をどう生かしていくかが重要だ。聞こえない人が気兼ねなく手話でコミュニケーションできる場を保障し、聞こえる人が手話を覚える場を広げるための施策を具体化し、続けてほしい」と語った。(2017年1月30日 毎日新聞)

記事の中でコメントしている全日本ろうあ連盟の久松氏は「日本に手話言語革命を!」というタイトルの論文を朝日新聞に寄稿しています。

【日本に手話言語革命を!】

わが国では教育現場で手話を言語として獲得する環境整備だけでなく、労働、医療等の生活場面での手話を使用する環境の整備は著しく遅れています。例えば手話を第一言語として使用するろう者のほとんどは、手話を使用する機会がない状態で働いています。雇用のための面接や就職後の職員会議の場で手話通訳者が同席することは極めて稀です。また、諸外国では報道等のテレビ番組に手話が挿入されることが多くみられますが、わが国ではごくわずかです。(2016年4月19日 朝日新聞)

手話が言語とみなされてこなかったことで、聴覚障害者には労働・医療など様々な場面でマイナスの弊害があったとの主張です。ソーシャルハートフルユニオンに寄せられた相談でも、日本語ではなく「手話が第一言語」という聴覚障害者が、手話を使う機会がないためコミュニケーションからトラブルになってしまったというケースは少なくありません。

聴覚障害の人たちの多くは「手話を言語と定めた法律を整備することが、共生社会の実現に必要だ」と訴えます。この「共生社会の実現」は、国が明確に定めている方針です。

【ご参考】【共生社会政策】内閣府

共生社会について、政府は、「国民一人一人が豊かな人間性を育み生きる力を身に付けていくとともに、国民皆で子供や若者を育成・支援し、年齢や障害の有無等にかかわりなく安全に安心して暮らせる『共生社会』を実現することが必要です。目指すべきビジョン、目標、施策の方向性を、政府の基本方針として定め、これを政府一体の取組として強力に推進しています」としています。

共生社会の実現と障害者への配慮について、松井彰彦・東京大学大学院教授は「非障害者は「配慮が必要ない人」ではなく、「配慮されてきた人」である。同様に、障害者は「配慮が必要な人」ではなく、「配慮の格差」に直面してきた人である」と論じています。

【障害者への配慮 まず本人に聞いてみよう】

―社会は人のためにできている。しかし、全ての人が使いやすいように作られているとは限らない。社会生活にとって不可欠のコミュニケーションも、声を出せて音が聴こえる人々が多ければ、口語言語が用いられる。すると、音が聴こえない少数の人々は話の輪に入れず、配慮されないまま取り残される。

―公的機関や民間事業者の中には、差別解消法にどう対応すればよいかわからず不安を感じている方々もいるに違いない。NPO法人障害平等研修フォーラムはそんな方々のために、障害者と非障害者が参加して差別とは何か、何をどう変えていけばよいかを学ぶ研修の機会を設けている。
―そのフォーラムが研修用にDVDを作ったというので、見せていただいた。街で見かけた障害者が落としたハンカチを渡そうと後を追いかけた女の子が、障害者と非障害者が反転する世界に迷い込む、という設定だ。手話ができない女の子はその世界では「障害者」だ。手渡された案内は点字のため読めない。(2016年4月22日 朝日新聞)

「共生社会」を、職場の問題に限定して考えると「共にはたらく職場」ということになります。専門家は「障害者」と「非障害者」という言葉を使って論じましたが、実際の職場でこのような主張をすることは、ほとんどの場合、逆効果になると考えられます。

その理由は、これまで「健常者」と呼ばれていた人たちが「非障害者」と呼ばれることに抵抗があると想像できることです。「思いやり」が「合理的配慮」に変わったことで戸惑う職場が少なくない現実を考えると、いきなり逆転の発想を求められても対応できる職場・同僚は皆無でしょう。

例えば、「日本に手話言語革命を!」というタイトルは、「手や指を失った人の心情」に思いを馳せていない(多様性に欠けた)題名との印象を与えかねません。また、革命とは、支配されていた側が支配していた側を倒し権力を握り国家統治するような、物事が急激に変革することを言いますが、職場には急激な変化についていけない人もいるはずです。

私たちがこれから目指すべき「共生」は、「障害のある人もない人も、老人も若者も、男性も女性も、みんなが共に生きることができる」ということです。共生の実現には、どのような境遇・立場・状況にある人も誰一人として取りこぼさない、それでいて、他者に価値観を押し付けないような高度で細やかな作業が必要です。目指す将来像に向かって、実現可能な道筋を探るような視点も必要になります。

職場では、あまり過激で極端でない、誰もが受け入れやすい方法を考えていくことが現実的です。聴覚障害がある弁護士が「職員と自己流の速記を編み出し、手話の代わりに速記を通じて伝えた」ような知恵と工夫です。

障害者雇用促進法の第4条には、障害者の義務として「障害者である労働者は、職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない。」と書かれています。

「職業に従事する者としての自覚」を「社会人としての自覚」と考えると、慣習や制度を受け入れ、業務命令に従うことも含まれます。ここで対立してしまうことがないような注意が必要です。これまで無関心で知識不足だった職場・健常者が、少し勉強するまでの時間は待っている、そのような「心のゆとり」が両者にあればきっとうまくいくはずです。

出典元:毎日新聞・朝日新聞・内閣府