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【教えて!働き方改革】

2016年12月26日
ソーシャルハートフルユニオン

「なぜ今、働き方改革なのか?」
「働き方改革とはいったい何なのか?」
そんな疑問に答えようと、朝日新聞が2016年11月23日から11回にわたって【教えて!働き方改革】という連載記事を掲載しました。

働き方改革に関連するニュースは、はたらく人なら誰もが知っておくべき情報です。特に、同一労働同一賃金、自宅ではたらくテレワークの普及、がんをはじめとする重い病気の治療と仕事の両立支援については注目すべきテーマです。

朝日新聞の記事では、政治的な背景や企業の取り組み事例、海外事情を交えて紹介しながら解説しています。記事から一部を抜粋して、内容を紹介します。

第1回【就労・消費拡大へ、首相主導】

与党が勝利した参院選後の8月、首相は働き方改革を「最大のチャレンジ」と位置づけ、側近を担当相に任命。実現会議が扱うテーマは、厚生労働省の審議会などで話し合われながら、労使の利害が対立してきたものが多い。このままでは議論の先送りが続くとみて、政権は実現会議を舞台に議論を進め、年度内に改革の実行計画をまとめる方針だ。首相主導の改革が進むかどうかが注目を集める。

なぜ今、働き方改革なのか。大規模な金融緩和と財政出動を柱とするアベノミクスの行き詰まりが指摘されるなか、少子高齢化による将来不安を減らして消費や投資の拡大につなげる狙いがある。目標実現に向けて「働き方改革」を最も重要な手段の一つと位置づける。

同一労働同一賃金ひとつとっても、年功色が強い正社員の賃金と、仕事の「市場価値」が反映されやすい非正社員の賃金を同じ基準で測るのは難しい。終身雇用の正社員を中心に据えてきた「日本型雇用システム」にどこまでメスを入れられるかは不透明だ。
働き方改革は「働く人の立場に立った改革」だと首相は説明しているが、労働側には企業寄りの改革が進むことへの警戒感もある。

第2回【「同一労働同一賃金」なぜ今、重要に?】

「非正規(労働)という言葉をこの国から一掃する」。安倍晋三首相自らこう宣言し、働き方改革の重要テーマの一つに「同一労働同一賃金」が急浮上した。正社員と非正社員の待遇格差の是正を目指す改革だが、なぜ今、「同一労働同一賃金」なのか。

パートやアルバイト、派遣といった非正社員の比率は上昇傾向が続き、いまや働き手の4割近くを占める。正社員と同じような仕事を担う人も多いが、パート労働者の賃金水準はフルタイム労働者の6割弱にとどまるなど、欧州諸国と比べて格差は大きい。経済の好循環をつくるには、非正社員の賃金水準を底上げし、消費拡大を促すことが欠かせないという事情もある。

一方、ここ数年、非正社員の待遇改善を目指す法改正は徐々に進んできた。たとえば、2013年4月に施行された改正労働契約法の20条。この条文は、有期雇用で働く人と正社員の労働条件に不合理な格差があってはならないと定める。

これを武器に、格差是正を訴える人たちも出てきた。ただ、改正法の解釈を巡る裁判例が少ないため、どんな賃金格差が許されないかの判断基準はまだ固まっておらず、法改正による格差是正が効果を上げているとは言い難い。訴訟にまで至るケースも氷山の一角に過ぎず、実効性のある非正社員の待遇改善策をつくることが課題になっている。

第3回【賃金格差、欧州より大きいのはなぜ?】

欧州連合(EU)各国のパート労働者の賃金水準は、フルタイム労働者の7~9割。日本は6割弱だ。日本の賃金格差が欧州に比べて大きい背景には、前提となる賃金体系や、働き手の処遇を巡る法整備の状況が大きく違うことがある。
欧州では、働き手が担う仕事に応じた賃金を支払う「職務給」が基本。企業の枠を超えて、職種や産業別の労働組合と経営側との交渉で賃金を決めるのが一般的で、雇用形態の違いによる賃金格差が生じにくい。同じような仕事と判断すれば、同水準の賃金を払う仕組みが定着している。

「使用者の資金不足は、入社記念日手当を一部の労働者に支給しないことを正当化する事由にはならない」(フランス)
「クリスマス手当を事業所内の従業員に支払い、多額のチップを得る機会がある新聞配達員に支払わないのは、平等取り扱い原則に違反しない」(ドイツ)
EU各国ではこんな細かい裁判例がたくさん積み重ねられてきた。EUが加盟国の共通ルールである「指令」でパート労働者への差別を禁じ、各国の国内法の整備が進んだことが背景にある。その結果、許されない賃金格差の基準が経営者にも働き手にも分かりやすくなり、雇用形態による賃金水準の差を縮めてきた。

欧州を手本に「同一労働同一賃金」を実現するには日本型雇用システムの見直しが避けられないが、正社員中心の賃金・人事制度の見直しを迫られる企業側は、労使ともに慎重論が根強い。

第4回【政府がめざす「同一労働同一賃金」って?】

りそな銀行は2008年、「同一労働同一賃金」の制度を導入した。従業員の雇用形態は、正社員、仕事や勤務時間が決まった「限定正社員」、パートタイム社員の三つに分かれるが、基本給にあたる部分の評価基準は同じ。導入のきっかけは経営危機だった。03年に実質国有化されると、人員削減で大勢の正社員が去り、新卒採用も止まった。残った従業員の働く意欲を引き出す必要に迫られての人事・給与制度改革だった。

日本企業の正社員は、勤続年数や将来のキャリアを考慮した「職能給」が主流なので、りそなのような制度の導入は簡単ではない。政府も他の企業にそこまで義務づけることは考えていない。「同一労働同一賃金」といっても、政府が検討しているのは、合理的な理由なしに正社員と非正社員の待遇に差をつけることを禁じるための規制だ。

何が変わるのか。仕事内容が同じでも待遇に差をつけていい場合があることを認める一方、仕事内容が違っていてもそろえないといけない待遇も出てきそうだ。例えば、正社員と非正社員の基本給に差をつけても、経験や資格、キャリアの違いなどをきちんと説明できれば違法にならない可能性が高い。

一方で、通勤手当や出張手当、社内食堂・休憩室の利用などで正社員と非正社員に差をつけるのは難しくなるだろう。ガイドライン案に合わせて、法改正を検討することになる。待遇差をつける理由の説明責任を、企業にどこまで求めるかも論点になる。

第5回【残業時間に上限はないの?】

昨年末に女性新入社員が過労自殺した広告大手の電通は、10月14日に本支社が東京労働局などの立ち入り調査を受けた後、原則として月50時間としていた時間外労働の上限を、5時間引き下げて45時間にした。電通が見直したのは「36(サブロク)協定」の運用だ。労働基準法(労基法)の36条に根拠がある労使協定なので、こう呼ばれる。

36協定には特別条項と呼ばれる「抜け穴」がある。「業務が急激に増えたとき」「納期が迫っているとき」といった「特別の事情」があれば、年に6カ月までは上限を全くなくすことができる。電通では10月まで、特別条項によって月100時間までの時間外労働が認められていた。こうした抜け穴があるため、日本では残業時間の上限が事実上青天井になっている。

「過労死ライン」とされる月80時間を超える時間を上限とする企業も少なくない。厚生労働省によると、36協定がある事業場は55.2%。大企業の事業場では94%に達し、うち半数以上に特別条項がある。一方、欧州連合(EU)諸国では、残業を含めた総労働時間を週48時間におさめることが原則になっている。

政府は残業時間の上限を厳しくする規制強化を検討しており、働き方改革実現会議で具体策を話し合う。特別条項を廃止したり、限度基準に強制力をもたせたりして、抜け穴をつぶせるかが焦点になる。ただ、36協定の見直しには「職場が回らなくなる」といった経営側の抵抗が根強い。

第6回【長時間労働、女性活躍の足かせ?】

日本人の年間の平均労働時間は減ってきている。2014年で1729時間。ドイツ、フランスより長いが、イギリス(1677時間)、アメリカ(1789時間)と同水準だ。ただ正社員に限れば2000時間を超える水準が続く。週49時間以上働く労働者の割合は、日本は2割以上。アメリカ(16.4%)、イギリス(12.5%)より高い。

「長時間労働が健康被害、女性活躍の足かせや過重な子育て負担、少子化の原因になっていることは間違いない」。3月の「1億総活躍国民会議」で樋口美雄慶大教授(労働経済学)はこう説いた。過労死や過労自殺が社会問題になって久しい。さらに、長時間労働は女性の働き方にも大きな影響を及ぼしている。

日本の女性の労働力率(15歳以上の人口に占める就業者と求職者の合計の割合)を年齢別にみると、20代半ばと50代前後を二つのピークとした「M字カーブ」を描くことはよく知られている。出産や育児をきっかけに、いったん離職する女性が多いからだ。

政府が長時間労働の是正に取り組む背景には、労働力人口の減少もある。残業ができる男性を前提にした日本の雇用慣行を改めることで、女性が働きやすい環境を整えて慢性的な人手不足を改善することをめざしている。男性の働き方を変えなければ、女性に偏っている家事や育児の負担を減らすことも難しい。

第7回【長時間労働、なぜなくならないの?】

「長時間労働を自慢する社会を変えていく。かつての『モーレツ社員』。そういう考え方が否定される日本にしていきたい」。安倍晋三首相は9月2日、内閣官房に設けた「働き方改革実現推進室」の開所式で職員にこう訓示した。

「日本人は納得できるまで仕事をするから、長時間労働になる」という意見もある。本当にそうなのか――。黒田祥子・早大教授と山本勲・慶大教授はそんな問題意識から、働きたいと思う時間の長さ(希望労働時間)に影響を与える要素について研究した。

それによると、日本では、「高い成果を上げるために働く時間を惜しまない人を評価する職場で働いている」と考える人は、そうでない人より週の「希望労働時間」が1.61時間長かった。また、「無理をしてでも顧客の要求に応える職場で働いている」と考える人は、そうでない人より0.87時間長かった。

一方、英独ではこうした要素は「希望労働時間」にほとんど影響を与えていなかった。黒田氏は「日本人は、必ずしも本人の意思で長時間労働をしているわけではない。職場の規範が大きく影響している」と指摘する。

第8回【テレワーク、どんな効果がありそう?】

「共有フォルダーにあるこの資料、見てくれる?」。サントリーホールディングスのキャリア開発部で働く平沢あゆみさん(39)は、自宅のリビングでパソコンの前に座り、同僚の女性と電話で話していた。

この日は、社外で働けるテレワークの日。小学3年の長女(9)が生まれ、産休から復帰したのを機に、時短勤務とテレワークを始めた。サントリーグループは2007年にテレワークを導入。昨年は、対象の社員約6500人のうち3600人ほどが利用したという。

出社せずに、ネットを活用して自宅や最寄りのサテライトオフィス、カフェなどで働けるテレワーク。場所や時間にとらわれずに働けるので女性が仕事を続けやすく、介護や病気の治療と仕事の両立にも役立つと注目を集める。都市部のオフィスに通勤しなくても働けるので、地方の雇用増につながる可能性もある。

米国では働き手の4割以上がテレワークをしているという。日本でもイオンや明治安田生命保険といった企業で導入が相次ぐが、総務省によると、導入済みの企業は15年末で16.2%にとどまる。情報漏洩(ろうえい)を防ぐセキュリティー対策や労務管理が難しいなどの課題があり、企業が導入に二の足を踏む原因になっている。

第9回【副業を後押し、企業にもメリット?】

ヤフーで広告営業を担当する入社3年目の堀口英剛さん(25)は本業のかたわら、自らのホームページでスマートフォンやパソコン、デジタル家電などの使い勝手を紹介する記事を書き、広告料やPR料を得ている。本来、私的な時間に何をしようが個人の自由だ。本業に支障が出たり、競合他社で勤務したりといった合理的な理由がないと、企業は社員の副業を制限できないという裁判例もある。

裏返せば、勤務先に迷惑がかかるような副業は制限できるということだ。実際、多くの企業が就業規則で禁止・制限している。総務省の2012年の調査によると、副業をしている人は234万人で、働き手全体の3.6%。
政府は、企業にとってのメリットを示す指針をつくり、勤め人の副業・兼業を後押しする方針だ。起業して失敗しても、兼業なら職を失わずに済むので起業のハードルは下がる。定年後の第二の人生の準備にもなるし、経済成長にもつながるとみている。

ただ、副業が長時間労働を助長するおそれもある。労働基準法では、勤務先が複数なら労働時間は通算して考える。だが、副業先での社員の労働時間を企業が把握できる仕組みはない。働き過ぎを防ぐため、政府は労働時間管理のルールを指針に盛り込む方針だ。

労災保険の給付にも課題がある。勤務先が複数の場合、業務上のけがや病気ですべての仕事を休まざるをえなくなっても、休業補償給付は労災認定された1社分の賃金をもとにした金額しか受けられない。厚生労働省の研究会は04年、「複数の事業場の賃金を合算した額をもとに給付基礎日額を算定することが適当」と提言したが、見直しは先送りされたままだ。

第10回【65歳以上、働き続けるには?】

宇都宮市の鉄骨加工会社は昨年8月、定年を60歳から70歳に引き上げた。定年引き上げのきっかけは人手不足だ。若手の採用は難しく、せっかく入社しても長続きしない。高齢化が一層進むことを見据えて高齢者を戦力にする方針に転換した。賃金水準は基本的に60歳以降も横ばいとしたため、会社の負担は増えたが、社長は「社員に安心感が出た。ベテランから若手への技術の継承もより活発化している」と手応えを感じている。

総務省によると、今年6月時点で総人口に占める65歳以上の割合は27.1%。
国立社会保障・人口問題研究所は2024年に3割を超えると推計する。少子高齢化が急速に進む中、政府は経済成長を支える働き手を確保しようと高齢者の雇用促進に力を入れている。13年に施行された改正高年齢者雇用安定法で、企業は65歳までの希望者全員の雇用確保措置が義務付けられた。(1)定年制の廃止(2)定年の延長(3)再雇用などの継続雇用制度の導入、のいずれかで対応しなければならない。

ただ、定年引き上げにまで踏み込む企業は少ない。厚生労働省が従業員31人以上の約15万3千社を対象に今年6月時点の状況を集計したところ、8割超の企業が安い賃金で契約を結び直しやすい継続雇用制度で対応している。そのほとんどが65歳までの制度だ。

「生涯現役社会」への環境整備が進むが、喜んでばかりはいられない。今は64歳以上だと免除されている雇用保険料の徴収が20年度に始まることも決まっている。深刻な財政難を背景に医療費や介護費の自己負担も重くなっていく。労働政策研究・研修機構の14年の調査では、65~69歳の51.9%が働く主な理由に「経済上の理由」を挙げた。生活苦で働かざるを得ない高齢者が増えていくのは間違いなさそうだ。

第11回【病気を治療しながら働き続けるには?】

「乳がんになってからの5年間、心が折れそうになったことは何度もあった。仕事場に自分の居場所があり、自分の言葉や働きに期待してくれる人々がいることが、どれだけ病と闘う励みになったか。がんや大病をした患者も同じ気持ちだと思う」と、働き方改革実現会議のメンバーで俳優の生稲晃子さん(48)は、安倍首相に病気の治療と仕事の両立の大切さを訴えました。

がん治療の副作用には、脱毛のように見えやすい副作用だけでなく、他人には分かりにくい倦怠(けんたい)感や軽いうつ症状などもあり、こうした症状が離職につながっているとも指摘しました。

がん患者のうち約32万5千人は仕事を続けています。さらに、高血圧患者では約337万人、糖尿病患者も約149万人が働いています。いったん離職すると再就職が難しくなり、収入源を失いかねない。治療と仕事の両立支援は大きな課題だが、現実は厳しい。静岡がんセンターの研究者らが2013年から約1年かけて約4千人を対象に調べたところ、がん患者の35%の人が離職していた。社内の理解や支援態勢が十分でないことが背景にあるという意見が目立った。

政府は治療休暇制度を普及させたり、出社せずに自宅で働けるテレワークなど柔軟な働き方を広げたりして両立を支援する方針だ。主治医、勤め先の企業、産業医・心理カウンセラーの3者が患者の症状や治療内容を共有する「トライアングル的な連携サポート」の仕組みづくりも検討する。病気ごとに異なる症状に応じた指針づくりも進める。

連載の第1回では、「働き方改革」を掲げる政権の狙いを取り上げました。
――政府は「ニッポン1億総活躍プラン」で、「名目GDP(国内総生産)600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」という三つの目標を掲げました。安倍首相は働き方改革を「最大のチャレンジ」と位置づけ、関係閣僚と労使の代表、有識者らで構成した「働き方改革実現会議」を発足させました。――

【ご参考】【一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策(概要)】内閣府(PDF:760KB)

実現会議では、具体的な改革テーマを9項目上げましたが、その方向性は大きく分けて、次の二つです。

①働く人の能力を最大限に生かす
②働きやすい環境をつくる

「働く人の能力を最大限に生かす」ための取り組みが、「同一労働同一賃金」です。
その狙いは、労働生産性を向上させて企業が稼ぐ力を高め、賃上げを後押しすることにあります。正社員と非正社員の賃金格差を今よりも縮めるための改革としています。

「働きやすい環境をつくる」ための取り組みが、多様な働き方を選べるような労働環境を整備することです。出社せずに自宅などで働くテレワークの普及策、がんをはじめとする重い病気の治療と仕事の両立支援策などを話し合って働く人を増やす狙いです。

『労働は商品ではない』国際労働機関(ILO)の宣言はこう始まります。
ILOとは、第一次世界大戦後の1919年に設立された、最も歴史のある国連の専門機関の一つです。悲惨な戦禍への反省として、労働問題を解決することが世界の平和につながっていく、という強い信念から生まれ、1969年にはノーベル平和賞を受賞しています。

1920年頃に起草された「ILO憲章」の前文には、改善すべき分野として以下の項目が既に挙げられています。
■1日及び1週の最長労働時間の設定を含む労働時間の規制
■同一価値の労働に対する同一報酬の原則の承認
2016年、働き方改革で取り上げられている課題に共通するものが多いのですから、およそ100年もの間、重要なテーマとして議論されていることになります。

【ご参考】【国際労働機関(ILO)駐日事務所】

ILOは「全ての人にディーセント・ワークを―Decent Work for All―」を目指して活動を展開しています。ディーセント・ワークとは、「働きがいのある人間らしい仕事」のことで、その概念は「権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事を意味する。それはまた、全ての人が収入を得るのに十分な仕事があること」としています。

言い換えれば、「働きがいのある人間らしい仕事」とは、権利、社会保障、社会対話が確保されていて、自由と平等が保障され、働く人々の生活が安定する、すなわち、「人間としての尊厳を保てる生産的な仕事」のことです。

「労働は商品ではない」と宣言したILOは、社会全体が「労働者は取り換えられる」「壊れたら捨てる」そういう風潮になってはいけない、「人はものではない」という根源を忘れてはいけない、そう警鐘を鳴らしています。

【ILO基本条約と日本 二つが未批准、問われる姿勢】

労働者の基本的権利の尊重を掲げた国際労働機関(ILO)には、8つの基本労働条約があります。全加盟国に批准を求める重要な条約ですが、日本はこのうち「強制労働の廃止」(105号条約)と「雇用と職業における差別待遇の禁止」(※111号)の2条約を批准していません。しかも、批准していないのは105号で11カ国、111号で13カ国しかありません。日本としてこれでよいのでしょうか?

ILOには労働者の権利、保護条約が189あります。なかでも「労働での基本原則と権利に関するILO宣言」で、労働組合結成や団体交渉の権利▽強制労働の廃止▽児童労働の撤廃▽雇用や職業での差別撤廃―の4原則の実現を明記。原則ごとに2条約ずつ、計8条約を基本労働条約(中核的労働基準)として定めています。

加盟185か国のうち4分の3は、基本8条約をすべて批准しています。EU諸国は基本条約をすべて批准。主要7か国(G7)では、米国が6条約、日本、カナダが2条約を批准していません。111号は、同一報酬を定めた100号と並び、差別待遇の撤廃を目指した条約です。人種、性別、宗教、政治的見解などの差別を禁止し、雇用、職業での機会・待遇の均等を求めています。未批准はわずか13か国です。G7では日本と米国のみ未批准です。

憲法の趣旨から考えると批准の妨げになるものはなく、なぜ批准していないのかと疑問の声が上がるほどです。このため、人権団体や労働界をはじめとして批准を求める声が強くあります。しかし、同一報酬を定めた(※100号)条約を批准した結果、日本は男女賃金格差などで、ILOから是正報告を求められてきました。こうした影響もあってか、経済界などは批准に前向きとはいえません。
政府も「批准に当たって整合性を検討すべき国内法制の範囲を含め慎重な検討が必要」との答弁を繰り返し、批准の見通しは立っていません。条約を批准すれば、政策を推進する国内法の整備や政策の実効性への責任が伴います。だからといって、批准しないままでよいのでしょうか?今こそ、日本の真価が問われています。(2015年1月14日 東京新聞)

※【第111号 雇用及び職業についての差別待遇に関する条約】
(第42回総会で1958年6月25日採択。条約発効日:1960年6月15日。基本条約の1つで最新の条約 日本:未批准)
(概要)基本条約の1つで、労働分野が中心ではあるものの、より一般的な人権保障条約としての性質を持つ。この条約は、雇用と職業の面で、どのような差別待遇も行われてはならないことを規定する。批准国は、差別待遇廃止のため必要な政策をとり、この政策を促進していく上で労使団体の協力を求め、反差別待遇の法律を制定し、教育計画を進め、この政策と一致しない法令の条項を廃止し、政令・慣行を改正しなければならない。

※【第100号 同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約】
(第34回総会で1951年6月29日採択。条約発効日:1953年5月23日。基本条約の1つで最新の条約 日本:批准1967年8月24日)
(概要)この条約は同一の価値の労働に対しては性別による区別を行うことなく同等の報酬を与えなければならないと決めたものである。報酬を同一労働に対して男女同等に支払う、という原則を確立する方法として、国内法令、法令によって設けられまたは認められた賃金決定制度、使用者と労働者との間で締結された労働協約、これらの各手段の組み合わせ、を規定している。

記事にあるように、日本は100号条約を批准した結果、ILOから是正報告を求められました。条約を批准すると、政策を推進する国内法の整備や政策の実効性への責任が伴うからです。この是正報告を受けて法整備が進みました。「男女雇用機会均等法」は女子差別撤廃条約並びにILO100号条約批准のための条件整備として制定されたものです。
見方を変えると「100号条約に批准した結果、ILOから是正報告を求められたので、男女差別が解消された」ともいえます。

例えば、同一労働同一賃金については、(※175号)条約があります。これは現在でも通用する最新の条約です。

※【第175号 パートタイム労働に関する条約】
(第81回総会で1994年6月24日採択。条約発効日:1998年2月28日。日本:未批准)
(概要)パートタイム労働者の労働条件が比較可能なフルタイム労働者と少なくとも同等になるよう保護すると同時に保護が確保されたパートタイム労働の活用促進を目的とする条約。基本的権利に関しては、パートタイム労働者に比較可能なフルタイム労働者と同一の保護を、基本給、職業活動に基づく法定社会保障制度、母性保護、雇用の終了、年次有給休暇と有給公休日、疾病休暇に関しては、同等の条件を与えること、さらにフルタイム・パートタイム間の自発的な相互転換に向けた措置をとることなどを求める。

同一労働同一賃金が重要なテーマとして急浮上している理由は、非正社員の割合が高まっていることと、賃金水準が低いことの二つです。労働者の40%を占める非正規社員の給料が上がれば、消費の拡大につながり、GDPの上昇や出生率の改善が期待できる。つまり、「非正規の人が増えたので、その給料を上げなければ景気が良くならない」からです。

安倍首相が宣言通りに、「非正規(労働)という言葉をこの国から一掃」したいのなら、ILO条約175号に批准するのも一つの方法です。この条約に批准すれば、国内法の整備を迫られますから、働き方改革実現会議で議論するより近道かもしれません。

連載の最終回では、病気治療と仕事の両立について触れられていました。政府は治療休暇制度を普及させたり、テレワークなどの柔軟なはたらき方を広げたりして両立を支援する方針を打ち出しています。

「働き方改革は休み方改革」というコラムが2016年12月9日の朝日新聞アピタルに掲載されました。筆者は「がん患者の心と身体の変化を調べてみると、告知後に落ち込みやすい人のリスク因子として『休み方がわからない人』がある」と指摘しています。

さらに「働き方改革の議論がスタートしていますが、私は、働き方改革は休み方改革だと思います。体力や価値観、人生の都合ごとに対して、多様な休み方が選択できる社会を私たちは考えていかなければならないのではないしょうでしょうか?」と問いかけます。

2014年に内閣府は「がん対策に関する世論調査」を実施しています。

【ご参考】【平成26年度 がん対策に関する世論調査】内閣府

調査結果によると、がんについての印象は「こわいと思う(74.4%)」が多く、前回の調査結果からあまり変化していないことから、国民のおよそ8割が「がん=怖い」という印象を持っていることがわかっています。

さらに、「がんと就労」についての質問では、「がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働き続けられると思うか」に対する回答は、「そう思わない(65.7%)」が最多で、多くの人が「がんになったら働き続けられるない」と思っていることが明らかになっています。

その理由として、「代わりに仕事をする人がいない、いても頼みにくいから(22.6%)」、「職場が休むことを許してくれるかどうかわからないから(22.2%)」、「体力的に困難(17.9%)」、「精神的に困難(13.2%)」、「休むと収入が減ってしまう(13.1%)」、「職場での評価が下がる(8.8%)」と続きます。

実際に、退職した要因の第1位は「体力低下」、第2位は「価値観の変化」、第3位は「薬物療法に伴う副作用」、第4位は「迷惑をかけると思った」、第5位は「通院時間の確保が困難」となっています。職場で居づらさを感じたからという回答もありました。

一人が病気治療のために欠けた場合、同僚の業務量は負担が増してしまいます。ですから、治療後に職場復帰すると聞けば、同僚は「やっと自分たちの業務が減るはずだ」と思いがちです。ところが、引き続き治療や通院は必要ですから、「こっちは遅くまで働いているのに、半年以上休んでいたあの人が定時退社なの?」と、小さな不公平感や不満を感じる人もいるでしょう。それが続けば、「迷惑をかけている」から退社せざるを得ない、そんな悪循環に陥ってしまいかねません。

働き方改革実現会議では、多様で柔軟なはたらき方を拡大することを基本に、病気治療と仕事の両立支援策などが話し合われています。柔軟なはたらき方はもちろん大切ですが、多様な「休み方」を法律や制度で担保することも重要です。
病気になったら仕事を続けられるないと考え、迷惑をかけると思ったから退職する人が多いことからも明らかです。つまり、治療のために「周囲に気兼ねなく休める制度」を検討していくことも支援策の一つになり得ると考えられます。

安倍首相は働き方改革を「最大のチャレンジ」と位置づけ、「働き方改革実現会議」を発足させました。ILO条約への批准という国際ルールを取り入れる、休み方そのものを改革する、そんなチャレンジにも期待します。

出典元:朝日新聞・内閣府・ILO駐日事務所・東京新聞