【車大手、期間従業員の無期雇用を回避 法改正、骨抜きに】

2017年11月4日
朝日新聞

トヨタ自動車やホンダなど大手自動車メーカーが、期間従業員が期限を区切らない契約に切り替わるのを避けるよう、雇用ルールを変更したことが分かった。改正労働契約法で定められた無期への転換が本格化する来年4月を前に、すべての自動車大手が期間従業員の無期転換を免れることになる。雇用改善を促す法改正が「骨抜き」になりかねない状況だ。

2013年に施行された改正労働契約法で、期間従業員ら非正社員が同じ会社で通算5年を超えて働いた場合、本人が希望すれば無期に転換できる「5年ルール」が導入された。申し込みがあれば会社は拒めない。08年のリーマン・ショック後、大量の雇い止めが社会問題化したことから、長く働く労働者を無期雇用にするよう会社に促し、契約期間が終われば雇い止めされる可能性がある不安定な非正社員を減らす目的だった。施行から5年後の18年4月から無期に切り替わる非正社員が出てくる。

改正法には、企業側の要望を受け「抜け道」も用意された。契約終了後から再雇用までの「空白期間」が6カ月以上あると、それ以前の契約期間はリセットされ、通算されない。これを自動車各社が利用している。

トヨタは15年、期間従業員の空白期間を、それまでの1カ月から6カ月に変えた。ホンダ、日産自動車、ダイハツ工業も13年に空白期間を3カ月から6カ月に変更した。

自動車業界の期間従業員は、半年程度の契約を繰り返して働き続けることが多い。日産の期間従業員は連続で4年11カ月まで、トヨタ、ダイハツ、ホンダは連続2年11カ月か3年まで働ける。例えば、期間従業員が2年11カ月働いて、いったん退社、6カ月未満で再契約し、2年1カ月を超えて働けば、無期雇用に切り替わる権利を得られる。だが、空白期間を6カ月にすれば、どれだけ通算で長くなっても無期転換を求められない。

空白期間を6カ月に変更した理由について、日産、ダイハツ、ホンダの広報は、労働契約法の改正を挙げた。トヨタ広報も「法の順守はもちろん、時々の状況に応じた制度づくりを行っている」と答えた。

三菱自動車、マツダ、スバルの空白期間は以前から6カ月だった。スズキは再雇用をしていなかったが、13年に認める代わりに6カ月の空白期間を導入した。トヨタなど4社の空白期間変更により、自動車大手8社すべてで、期間従業員は無期転換の権利を得られないことになる。

法改正の議論では、経団連が「企業が再雇用をしなくなって労働者の雇用機会が失われる」などと主張、空白期間をとりいれることになった。労働組合は5年ルールの形骸化を防ぐため、空白期間を設けることに反対していた。労組関係者は「法案をまとめるために妥協の産物としてつくられた抜け道が、利用されてしまった」という。

無期雇用に転換したとしても、ボーナスや定期昇給がある通常の正社員になれるわけではない。ただ、無期雇用で職を失う心配がなくなれば、住宅ローンを借りやすくなったり、有給休暇を取りやすくなったりする。サービス残業などの違法行為にも、泣き寝入りしなくてすむ。

厚生労働省によると、期間を定めた契約で働く人は1500万人にのぼり、うち3割が同じ企業で5年超続けて働く。400万人以上が無期雇用を申し込む権利を手にする計算だ。非製造業を中心に無期雇用の制度づくりを進める企業もある一方、無期雇用の権利が発生する前に雇い止めする企業も出ている。

自動車各社は無期転換とは別に、正社員登用を進めていることを強調する。ただ、登用者数が期間従業員全体に占める割合は、1割程度にとどまる社が多い。

■労働問題に詳しい嶋崎量(ちから)弁護士の話。

改正労働契約法の趣旨に反する雇用が、日本を代表する自動車産業で広く行われていることは驚きだ。他業界への波及が懸念される。不安定な雇用で働かせ続けたい経営側も問題だが、万一これを容認したのであれば、労働組合も社会的責任が問われかねない重大な問題だ。非正規社員の間には、「正社員の雇用安定しか考えていない」という労使双方への批判がもともと強い。労使で早急に議論をして改めてほしい。

■自動車大手8社が設けた空白期間

  • トヨタ自動車 1カ月→6カ月(2015年)
  • ホンダ    3カ月→6カ月(2013年)
  • 日産自動車  3カ月→6カ月(2013年)
  • ダイハツ工業 3カ月→6カ月(2013年)
  • スズキ        6カ月(2013年)
  • スバル    1日 →6カ月(2008年)
  • マツダ        6カ月
  • 三菱自動車      6カ月

※カッコ内は変更時期。スズキは13年の制度変更まで再雇用をしていなかった

ユニオンからコメント

トヨタ自動車など大手自動車メーカーのすべてで、「無期転換ルール」対策として、無期雇用しなくて済む抜け道、「空白期間」を設けていたことがわかったというニュースです。

正規と非正規の格差を是正することは、日本経済の成長に不可欠な課題とされています。今後本格化する、同一労働同一賃金の議論にも暗雲が立ち込めるような報道です。労働契約法改正の趣旨や世界的な潮流に逆行する「抜け道」を、日本をけん引する大手自動車メーカーが臆面なく「利用」したことに驚きを隠せません。今回、法改正された趣旨はあくまでも待遇の改善にありました。

【雇用新ルール、期待と不安 賃金や待遇 改善なるか】

労働契約法の改正を受け、来春から契約社員やパートの有期契約で5年を超えて働く人が無期雇用への転換を申し込める新ルールが本格的に始まる。雇用の安定が目的だが、対象者の間では「生活が安定する」との期待の一方、雇用主による〝駆け込み″の雇い止めを懸念する声も上がる。独立行政法人労働政策研究・研修機構(東京・練馬)が約4900社を対象に実施した調査によると、6割は「何らかの形で無期契約にしていく」と答えた。人材確保の狙いもあり、大企業を中心に雇用形態を見直す動きが広がっており、東京都のコールセンター大手は10月から勤続6カ月を超えた非正規社員のうち希望者を無期雇用にした。女性社員(39)は「職探しの心配をせず安心して働ける」と話す。一方、調査では「雇用期間が5年を超えないよう運用する」と雇い止めを示唆するような回答も8%あった。厚労省は10月末までの2カ月間を新ルールを広めるキャンペーンを展開している。大阪労働局も9月に開設した相談窓口で事業者らに「転換を避ける目的で雇い止めするのは望ましくない」と周知しており、担当者は「無期雇用を希望する人らの契約見直しがスムーズに進むよう力を入れていきたい」と話している。(2017年10月21日 日本経済新聞)

【ご参考】【正社員・非正社員の賃金差の現状】内閣府(PDF:564KB)

このような対応をするのは、企業が何かに警戒しているからですが、これはつまり、自社ではたらく従業員を会社が信用していない事の証左に他なりません。裁判で下された画期的判決が経営陣に動揺を与えたのかもしれません。

【契約社員への住宅手当支給命じる「画期的判決」】

東京や愛知など3都県の郵便局に勤務する契約社員3人が、同じ仕事内容の正社員と待遇格差があるのは不当だとして、日本郵便(東京)に正社員との手当の差額計約1500万円の支払いなどを求めた訴訟で、東京地裁(春名茂裁判長)は14日、住宅手当などの不支給は違法だとして、計約92万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
原告弁護団によると、同種訴訟で住宅手当の支給を命じたのは初めて。日本郵便は約40万人の従業員のうち、正社員以外が約半数を占める。弁護団は「他企業にも大きな影響を与える画期的な判決だ」としている。
判決は、正社員であれば、一定額が支給される「年末年始勤務手当」や「住宅手当」について、契約社員に全く支払われないのは「不合理だ」と指摘。正社員の8~6割の手当を支払うよう命じた。また、契約社員には夏期・冬期休暇がないことや病気が理由の有給休暇が認められていないことについても、「官公庁や企業で広く制度化されており、不合理だ」などとして違法と判断した。(2017年09月14日 朝日新聞)

突然の解散総選挙で後回しにされていた、残業の上限規制や裁量労働制の拡大、高度プロフェッショナル制度についての労働法改正議論がこれから本格的に始まるでしょう。これらの議論では、必ず「法改正に抜け穴があれば悪用される」との指摘が出されます。この懸念が、現実のものとなったのが自動車メーカーによる「無期転換ルール」への対応です。

「過労死ライン」まで合法にしたことで過労死が増加する、裁量労働制を拡大し高プロを導入たことで長時間労働に歯止めが効かなくなる。労働者側が感じるこのような懸念は、懸念ではなく、経営者側には織り込み済みの作戦と疑わざるを得ません。

いずれにせよ、空白期間とされた6か月間、ただただ会社の都合だけで無給状態に置かれる労働者がいることは人権問題の一つと言えるでしょう。この、人権問題に鈍感な企業は、災禍がいずれ自らの身に降りかかることになります。2013年の法改正まで再雇用すらせず、慌てて6か月の空白期間を設けたスズキ自動車では、人権問題が大きな騒動になり1000億円以上の損失を被った過去を忘れてしまったのでしょうか。

【日本の企業も無視できない「人権マーケット」その拡大傾向】

従業員や会社に関わる人員の「人権」を軽視した結果、とてつもない損害を民間企業が被ることになるケースが相次いでいる。報道などでも頻繁に目にすることのあるセクハラやパワハラは言われなく人の尊厳を傷つける行為です。長時間労働や待遇の差別のような労務トラブルも不当に人を拘束したり、貶めたりする行為として立派な人権問題のひとつです。近年、不幸な事件をきっかけとしながら、人権問題がビジネスにおいて極めて大きなインパクトを与えるものであることが認識されはじめてきました。違法残業労働で書類送検された大手広告代理店の株価は下落し、公的機関が同社の入札資格を停止しました。

ここ数年で各国における人権に関するルールの策定が急速に進んでいます。米国では2012年に紛争鉱物規制ドッド・フランク法やカリフォルニア州サプライチェーン透明法が、英国では2015年に英国現代奴隷法が制定されています。近年、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」をはじめとした国際的な枠組みなどに見られるように、企業がサプライチェーン(※1)において人権に配慮することがますます求められています。世界的に人権対応の重要性が高まる中、日本企業においてはサプライチェーン上で人権侵害が発生した場合のビジネスインパクトに対する意識が低く、人権尊重への対応を行っていない企業が多いと考えられます。従来、人権保護は「国家の義務」として捉えられてきましたが、近年企業にも人権を尊重する義務があるとの考え方が世界的な潮流となりつつあります。こうした考え方は国際的な枠組みの指針になっているとともに各国の法令にも反映され、日本企業にも影響を及ぼしつつあります。人権侵害が企業経営にどういったインパクトを与えるのか、日系自動車企業を事例に人権侵害によるビジネスインパクトを見てみたいと思います。

スズキ自動車のインド工場で2012年に暴力的行為や差別的発言をきっかけに従業員が暴徒化し、1ヵ月以上もの工場停止にまで至る労使紛争が発生しました。このインドにおける労使紛争は日本の報道でも取り上げられ、またインドに進出する他の日本企業にとっても他人事ではないことから、大きな関心を呼びました。当該事例は、インド工場に勤務する労働者と班長との間での仕事のやり方についての口論がきっかけとなりました。企業側は作業現場で労働者が班長に暴行を働いたことを理由に、事件を調査することなく労働者を停職処分とし、班長への処分はありませんでした。組合側は労働者の停職処分の取り消しを求めましたが、企業側が拒否しました。このような会社の対応に対して暴徒化した労働者が事務所を放火し、機材設備が損傷したことに加え、逃げ遅れた人事部長が死亡しました。結果、インド工場は1ヵ月以上もの間生産停止となり、大きな機会損失が生じました。仮に工場が稼働していたと想定してこの機会損失を算出すると、スズキ自動車インド子会社が失った売上高は約1330億円で、2012年インド子会社単体売上高の約16%相当となります。この事例から見てとることができるように、サプライチェーン上の人権侵害のビジネスインパクトは企業経営にとってけして無視することができないものです。さらには、人権尊重の対応を単なるコストとして捉えるのではなく、事業競争力の強化や社会貢献を通じた市場拡大のためのCSV戦略(※2)として位置付けることも、ブランド価値の向上や他社との差別化を図る観点から重要な取組です。人権に対応した新商品の開発など、イノベーションを通じて人権課題や貧困をはじめとする世界の社会課題を解決する事業への投資を行い、経済価値と社会価値を同時に追求していくことが、これからのグローバル企業に求められています。(2017年10月12日 現代ビジネス)

(※1)サプライチェーンとは、個々の企業における、原料の段階から製品やサービスが消費者の手に届くまでの全プロセスの繋がりのことを言います。

(※2)CSV戦略とは、2011年にマイケル・E・ポーター(ハーバード大学教授)らがCSR(企業の社会的責任)に代わる新しい概念として提唱したCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)と呼ばれるコンセプトに沿った経営戦略のことです。これまでの「企業活動で社会に与えた影響に対応する」という、環境対策やコンプライアンス(法令遵守)の実施といったCSRから、社会的課題の解決と企業の競争力向上を同時に実現するCSVが新たな価値創造や社会変革を起こすと説いています。

出典元:朝日新聞・日本経済新聞・内閣府・現代ビジネス