【経産省若手の報告書、ネットで異例の注目 社会保障「現役世代に冷たい」】

2017年6月13日
朝日新聞

「昭和の人生すごろく」では、平成以降の社会は立ち行かない――。
こんな問題意識で、社会保障制度などの改革を提言した経済産業省の若手職員の報告書が、インターネット上で話題だ。延べ120万人以上がダウンロードするなど、行政資料としては異例の注目度となっている。

報告書は「不安な個人、立ちすくむ国家」。20~30代の職員30人が昨年8月から議論を重ね、5月中旬に公表した。同省のホームページにも掲載したところ、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて一気に拡散した。

報告書が切り込んだのは「正社員男性と専業主婦家庭で定年後は年金暮らし」という「昭和の標準的人生」を前提とした社会保障制度だ。日本では高齢者の年金と介護への政府支出が国内総生産(GDP)の1割を超える。一方で、保育所整備や児童手当などの現役世帯向けはGDPの2%未満。ひとり親家庭の子どもの貧困率は5割を超え、先進国で最悪の水準だ。

報告書は「現役世代に極端に冷たい社会」のしわ寄せが子どもに向かっていると指摘。高齢者も働ける限り社会に貢献し、子どもへの支援に「真っ先に予算を確保」するよう求めた。

「2度目の見逃し三振は許されない」などと霞が関らしくない言葉も並ぶ報告書に、ネット上では「官僚のイメージが変わった」と評価が相次いだ。一方で「働きたくない高齢者もいる」といった指摘のほか、厚生労働省には「そこまで言うなら厚労省で働けばいい」と顔をしかめる幹部も。

報告書には当初、解決策も盛り込んでいたが、あえて消した。中心メンバーの岡本武史さん(37)は「小手先の結論を示しても『結局こんなものか』と言われて終わってしまう。誰もが考えなければいけないことについて広く問題提起することを狙った」。

ユニオンからコメント

経済産業省の若手職員らが作成し公表した報告書が大きな反響を呼んでいるというニュースです。

「高齢者が支えられる側から支える側へと転換するような社会を作り上げる必要がある」と、これまでタブーとされていた社会保障制度の抜本的改革を訴える内容です。SNS上では、「問題意識を持った若手官僚がいることに救いを感じる」と評価する人や、「『高齢者を働ける限り働かせる』と恐ろしいことが書かれている」と批判する人もいるなど、賛否が大きく分かれています。

【ご参考】【不安な個人、立ちすくむ国家】経済産業省(PDF:19.3MB)

報告書は、「日がなテレビを見て過ごす」高齢者に、「際限なく医療・介護・年金等にどんどん富をつぎ込むことに、日本の社会はいつまで耐えられるのだろうか。その一方で、子ども・若者の貧困を食い止め、貧困の連鎖を防ぐための政府の努力は十分か」と、社会のひずみを問題視しています。ところが、社会をひずませる元凶と悪者扱いされた高齢者にも、貧困の拡大という新たなひずみが生じています。

【<生活保護>65歳以上が過半数 昨年度、受給83万世帯】

厚生労働省は7日、今年3月時点の全国の生活保護受給世帯数が164万1532世帯(概数)だったと発表した。これで2016年度の月平均は163万7183世帯になり、過去最高を更新した。65歳以上の高齢者世帯は83万7008世帯で全体の51%を占め、初めて半数を超え、高齢者の貧困が拡大を続けている。受給者数は、14年度の216万5895人をピークに減少傾向にある。一方で、受給世帯数は1993年度から24年連続で増えた。単身の高齢者世帯が増大する中、無年金・低年金や、核家族化で親族の援助が受けられない高齢者が、貧困に陥っていることが背景にあるとみられる。(2017年6月7日 毎日新聞)

【ご参考】【被保護者調査(平成29年3月分概数)】厚生労働省(PDF:224KB)

若手官僚らが報告書で問題提起しているのは、「人類がこれまで経験したことのない変化に直面し、個人の生き方や価値観も急速に変化しつつあるにもかかわらず、日本の社会システムはちっとも変化できていない。このことが人々の焦り、いら立ち、不安に拍車をかけているのではないか。なぜ日本は、大きな発想の転換や思い切った選択ができないままなのだろうか」ということのようです。

報告書では、GDPについて「社会の豊かさを追求することは重要だが、合計値としてのGDP、平均値としての1人当たりGDPを増やしても、かつてほど個人の幸せにつながらない。幸せの尺度はひとつではなく、ましてや政府の決めることでもない」と書かれています。その1人当たりGDPですが、日本はここ数年増えてもいません。

【日本の1人あたりGDP、OECD加盟国で20位】

内閣府が22日発表した国民経済計算確報によると、2015年の日本の1人当たり名目国内総生産(GDP)はドル換算で前年比9.6%減の3万4522ドルとなった。経済協力開発機構(OECD)加盟国35カ国での国際順位は前年より1つ下がり、20位となった。円安が進みドル換算で目減りし、比較可能な1994年以降では最も低い順位となった。1人当たり名目GDPは国や地域の生産性の高さの目安とされる。ドル換算で前年を下回るのは3年連続。日本は2000年に2位になったが、その後は順位が下がっている。15年は主要7カ国(G7)で、イタリアに次ぐ低さだった。(2016年12月22日 日本経済新聞)

【ご参考】【国民経済計算年次推計】内閣府

「子ども・若者の貧困を食い止め、連鎖を防ぐための政府の努力は十分か。母子家庭の貧困、こどもの貧困を、どこかで(自己責任)と断じていないか。若者に十分な活躍の場を与えられているだろうか」と、政府を批判する若手官僚の言葉を裏付けるような数字も公表されています。

【G7各国 若者の死因、「自殺1位」は日本のみ】

厚生労働省がG7各国の若者の死因について分析した結果、1位が「自殺」だったのは日本だけでした。30日、閣議決定された2017年版の「自殺対策白書」で、おととしの若者の死因を分析した結果、15歳から39歳までの5歳ごとの全ての年齢区分で死因の1位は「自殺」でした。このうち、30代前半は1992年以降の24年連続です。G7各国について比較可能な最新の統計で若者の死因を比較すると、外国は「事故」が1位で、日本だけは「自殺」が1位でした。(2017年5月30日 JNN)

【ご参考】【自殺対策白書(本体)】厚生労働省

報告書では「時代おくれの制度を変える様々な抜本的提案は既に出てきている」として、ベーシックインカム(BI)や(SDGs)、(ESG投資)についても触れています。

(BI)とは、政府が全ての国民に生活に必要な最低限のお金を支給する制度のことです。年金や生活保護などを一本化して行政コストを減らせるという利点から導入を求める声もある一方、財政支出が膨らみすぎて実現不可能だとの反論もあります。

(SDGs)は、全世界が取り組まなければならない目標として、(2030アジェンダ)に基づき、具体的に(持続可能な開発目標)として設定された、17の目標と169の狙いのことです。(2030アジェンダ)は国連加盟国すべてが2030年までに取り組む行動計画です。

(ESG投資)とは、環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)に配慮した、優れた経営をしている企業へ投資する手法で、年金積立管理運用独立法人を始め、世界中の多くの機関投資家が投資基準に定めています。

そして、報告書には「2025年には、団塊の世代の大半が75歳を超えている。そこから逆算すると、この数年が勝負。日本が少子高齢化を克服できるかの最後のチャンス」と書かれました。国連で、(2030アジェンダ)(SDGs)が採択された際、「我々は、地球を救う機会を持つ最後の世代にもなるかも知れない」と宣言されたことを思い起こします。

「世の中は、このままではいけない」という危機感は、国際社会や日本にも共通する思いです。若手官僚らが「幸せの尺度は政府の決めることではない」、「政府の努力は不十分」と警告したのは、共謀罪など世界の潮流に逆行する法案を通すことに血眼になっている暇はない、残された時間はそれほど長くないというメッセージなのかもしれません。

出典元:朝日新聞・経済産業省・毎日新聞・厚生労働省・日本経済新聞・内閣府・JNN