【柔軟な働き方推進のヒント、産業界に広がる P&Gはノウハウを無償提供】

2017年4月8日
産経新聞

企業が取り組む柔軟な働き方を後押しする動きが産業界に広がっている。
蓄積してきたノウハウを〝出前研修〟で社外に無償提供する外資系企業が表れ、人材教育サービス会社も企業の働き方改革の流れを事業機会に据え出した。

日用品大手のプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&Gジャパン、神戸市中央区)は3月13日、都内で企業の人事・ダイバーシティ担当ら約60人を集め、多様な社員の活用法を指南するワークショップを実施した。

同社は昨年3月、約25年間取り組むダイバーシティ&インクルージョン(D&I、多様性の受容と活用)のノウハウを発信する社外啓発組織「D&I啓発プロジェクト」を立ち上げた。
最大の特徴は、独自開発の管理者向け研修プログラムを受講希望の企業・団体に出向き、無償で提供する点で、今年2月末までに152社・団体に広めた。

同社は経済産業省による「ダイバーシティ経営企業100選」に入るなどD&Iの先進企業として知られ、在宅勤務をはじめ多様な社員に柔軟な働き方を促す制度をいち早く導入してきた。

今回のワークショップは通常の企業向け研修のエッセンスを紹介する「体験版」の位置付け。自社ノウハウの社外無償提供は、D&Iを明確な経営戦略に位置付け成長につなげてきた確証から、日本企業への浸透が日本経済の活性化に寄与すると判断したからだ。

スタニスラブ・ベセラ社長は、このプロジェクトを「最優先事業として強力に推進する」と力説。社外との接点を通じ同社のD&Iの進化につなげるメリットにも期待する。

一方、日本能率協会マネジメントセンター(東京都中央区)は企業や個人に柔軟な働き方を促す「時間(とき)デザイン」プロジェクトを立ち上げた。

これまで企業や社員個人も受動的だった時間管理の概念から抜け出し、「将来を見据え主体的に時間や自分自身をデザインするパラダイムシフトが不可欠」(張士洛専務)との視点に立ち、4月1日付で社内横断の研究組織「時デザイン研究所」を新設、来年はじめまでに調査・研究の成果を提言する。これを踏まえ、2019年には同社が手掛ける出版、人材教育、手帳商品開発の3事業で商品・サービスを提供する方針だ。

ユニオンからコメント

大手外資系企業が、柔軟な働き方に取り組む企業に向けて、無償で自社のノウハウを発信しているというニュースです。P&Gジャパン社は、職場の多様性や柔軟な働き方が進んでいるとして、平成25年度「ダイバーシティ経営企業100選」受賞企業に選ばれています。

【ご参考】【新・ダイバーシティ経営企業100選】経済産業省

P&G社は、本社がある英国での取り組みも紹介されたことがあります。

【心の病を公表、ストレス減へ企業本腰】

心の病は本人を苦しめるだけでなく、経済にも影響する。
そんな議論が2006年、英国で起こった。経済学者で上院議員でもあるリチャード・レイヤードが「うつと不安障害による経済損失が年間120億ポンド(約2兆円)に上る」との報告書を公表した。2009年には、政府も出資し支援団体が主導する「タイム・トゥ・チェンジ(変わるときだ)」というキャンペーンが発足。賛同する企業が相次いだ。

キャンペーンに加わった生活用品大手P&G。
「従業員のパフォーマンスを維持するために、心も体も健康であることが重要だ。そのためにはまず、心の健康についてオープンに語れる雰囲気を作りたい」。昨年秋、社員食堂につながるガラス張りの廊下の壁面に縦80センチ、横60センチのポスター6枚を貼り出した。それぞれに大きな顔写真が印刷されていて、メッセージが添えられているという。たとえばこんな具合だ。
「15年前、私は不安障害を経験した。苦しかったが、その経験のおかげでより強い人間になることができた」。顔写真の主は、同社の幹部や従業員6人。そのうち4人は本人が過去に心の病に苦しみ、残りの2人は家族や同僚が患ったという人たちだ。
人事部長のセビルは言う。「それぞれの職場で尊敬されている6人にお願いした。心の病は克服できる。だから率直に語ろう。そのメッセージを最もパワフルに伝えられるのは、同じ職場で働く顔見知りの同僚だ」。
そのポスターを見せてほしいとお願いしたが、「外部の人には見せられない」と断られた。心の病を完全に「オープン」にするのは簡単ではないようだ。

心の健康が、職場を中心に脅かされている――。
そんな危機感が世界に広がっている。日本では1998年から14年連続で自殺者数が3万人を超え、過労自殺が社会問題になった。うつ病や躁うつ病と診断された人は2008年に100万人を突破。ほぼ10年で2倍以上に増えた。
欧米でも職場のストレスが深刻だ。2008~09年、仏通信大手フランス・テレコムで従業員30人以上が自殺したと報道され話題になった。ドイツでは11年、「バーンアウト(燃え尽き症候群)」が流行語になった。仕事のストレスが一因となりうる代表的な心の病が、うつ病だ。気分が落ち込み、何をしても楽しくなくなり、夜も眠れず、死にたくなる人もいる。そんなうつ病が2030年には、世界の人々の健康を害する最大の病気になる、と世界保健機関(WHO)は予測する。(2015年2月1日 朝日新聞)

記事中で(D&I、多様性の受容と活用)と訳されている、「ダイバーシティ&インクルージョン」経営の導入を目指す企業は日本でも増加しています。

「ダイバーシティ」とは、(多様性)などの意味を持つ言葉で、労働における「人材の多様さ」をイメージする言葉として使われます。1990年代のアメリカで、マイノリティーや女性の積極的な採用、差別のない処遇を実現するために広がった考え方で、「市場の要求の多様化に応じ、企業側も人種、性別、信仰などにこだわらずに多様な人材を生かし、最大限の能力を発揮させよう」というものです。

日本では、人種や宗教より、性別・価値観・障害などについての(多様性)として捉えられることが多く、現在では、少子高齢化時代の人材確保の観点から「ダイバーシティ」経営を掲げる企業が増えています。

会社に多様な人々がいる状態を表す「ダイバーシティ」に対し、(包括・一体性)という意味の「インクルージョン」は、会社にいる多様な人々が対等な関係性で「一体化している状態を表す言葉」として使われます。

「職場の誰にでも、ビジネスに参画・貢献するチャンスがあり、それぞれの経験やスキル、考え方が認められ、活用されている」状態をいい、「認められているという実感が人材の定着を促す」として、新たな人材開発の手法として注目されています。

「ダイバーシティ」という考え方が誕生した頃のアメリカでは、企業が女性やマイノリティの採用率目標を設定して受け入れる雇用枠を積極的に確保し、国も柔軟な働き方を支援する制度の充実に力を入れていました。しかし、それだけでは定着率が上がらず、多様な人材を採用しても結局辞めてしまうという問題が起きました。

特に、数値目標を設定していた企業では、採用された人が他の従業員から「数値目標を達成するためだけに採用された」と受け止められがちでした。ひそかに排斥され、仲間として尊重されず、活躍の機会を与えられないといったケースが少なくなかったのです。

そのため、アメリカの企業社会は「真のダイバーシティを実現するために必要なのは、多様な人材の採用ではない。採用した人たちを職場に定着させる企業文化を育て上げること(=インクルージョン)である」と認識するようになりました。

現在、日本の障害者雇用の現場で少なからず起きていることは、およそ20年前のアメリカで起きていた状況に似ています。「障害者雇用率を達成するためだけに採用された」と受け止められ、ひそかに排斥され、仲間として尊重されない。活躍の機会を与えられないケースが決して少なくありません。

【視覚障害理由の配転命令「無効」 岡山短大に賠償命令】

岡山短期大(岡山県倉敷市)の女性准教授が「視覚障害があることを理由に授業を外され、事務職への変更を命じられたのは不当」として、短大を運営する学校法人を相手取り、配転命令の撤回などを求めた訴訟の判決が28日、岡山地裁であった。善元貞彦裁判長は、配転と研究室の明け渡し命令は無効とし、短大側に慰謝料など110万円の支払いを命じた。

判決によると、原告は1999年に岡山短大の教員となり、幼児教育学科の准教授として勤務してきた。網膜異常で視野が狭くなる「網膜色素変性症」を患い、次第に視力が低下。14年に退職勧奨を受け、私費で視覚補助の補佐員を雇って授業を続けていたが、昨年3月、事務職への変更を命じられたことなどを不服として提訴した。

裁判で、短大側は「授業中、ラーメンやお菓子を食べている生徒を注意できなかったり、無断退出が横行したりしている」などと主張。これに対し、判決は「適切な視覚補助のあり方に改善すれば、学生の問題行動については対応可能」と指摘。「職務の変更の必要性は十分とは言えず、権利の乱用だ」と退けた。

さらに善元裁判長は、事業者らには「(障害者に)合理的配慮の提供」が求められていると言及。昨年4月施行の障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法にも定められており、「望ましい視覚補助の在り方を学科全体で検討、模索することこそが障害者に対する合理的配慮の観点からも望ましい」と付け加えた。(2017年3月29日 朝日新聞)

日本が批准した国連「障害者権利条約」は、第24条の「教育を受ける権利」で、「インクルージョン教育」を実施するよう条約締結国に求めています。インクルージョン教育では、少数派である障害のある子どもが、同世代の健常者の子どもたちと隣同士で学習します。

このインクルージョン教育の(デメリット)とされているのが、「障害者排除の思想」です。
障害のある子どもと同じ教室・隣の席になったことで、(教師からの圧力などで)やりたくないのに「お世話係」をさせられた。そう感じた子どもが、「迷惑をかけられた」「自分は損した」と感じてしまうことに原因があります。

D&Iを経営に導入しようとする考え方は、日本では始まったばかりといっていいでしょう。積極的に「ダイバーシティ」に取り組むとして女性活躍に数値目標を掲げる企業も登場し、企業ホームページには「コンプライアンス・CSR」と肩を並べて記載されるようになり始めました。

(包括・一体性)を求めた結果、受け入れた側に「障害者排除の思想」が生じてしまう。その可能性は、学校だけでなく、職場にも存在します。そうならないために、P&G社が25年かけて構築したノウハウを参考にする、教育現場で指摘されている実例から学ぶ。そのような地道な作業が、理想を実現させる近道になるはずです。

出典元:産経新聞・経済産業省・朝日新聞