【労基署業務の一部民間委託を提言へ 規制改革会議】

2017年3月10日
朝日新聞

政府の規制改革推進会議(議長・大田弘子政策研究大学院大学教授)は9日、長時間労働の監視機能を強めるため、労働基準監督官の業務の一部を民間委託するよう政府に提言する検討に入った。監督官の不足を補うため、定期監督業務の一部を社会保険労務士に委ねることを想定している。

政府は「働き方改革」で長時間労働是正を唱えており、推進会議は監視態勢の強化が必要と判断。大田氏は「民間活用を広げていくのは非常に重要だ」と述べた。9日付で設けたタスクフォースで議論し、6月にまとめる答申に具体策を盛り込む。

監督官は国家公務員の専門職で、「労働Gメン」とも呼ばれる。労働基準法などに基づいて会社を監督・指導し、違反者を逮捕、送検する権限も持つ。全国に約3200人いるが、国際労働機関(ILO)の基準に対する充足率は6割強。推進会議は監督官の負担を減らすため、違反の有無を調べる定期監督業務の一部を社会保険労務士に委託できるかどうかを探る。

また、推進会議は運送業界での人手不足の解消に向け、路線バスに貨物も載せる「貨客混載」の普及に取り組む方針も決めた。道路運送法はバスの空きスペースに一定量の貨物を積むことを認めているが、重量350キロ超の場合は個別の事例ごとに事業者と運輸局が協議して判断している。この協議が不要になれば取り組みが広がるとみて、新たに基準を明示することをめざす。

ユニオンからコメント

平成29年3月9日に開催された第12回規制改革推進会議で、労働基準監督官の業務を民間委託することを検討して、6月に安倍首相に提出する答申に盛り込む方針を決めたというニュースです。

委員を務める八代教授は、「駐車違反の取締りでも民間委託が行われている」として、労働基準監督官の業務の一部を民間委託することを提案しました。会議後の記者会見で、大田議長は「労働基準監督の強化はまさに働き方改革のインフラを強化していくことだ。労働基準監督官の不足は社会的問題になっており、長時間労働が放置されているのも事実だ。民間の活用を広げていくことは非常に重要だ」と訴えました。

これに対し、労働基準監督署を所管している厚生労働省は否定的な立場のようです。担当者が「立ち入り調査を拒否する事業所に強制的に入る権限は民間人にはない。監督官でなければ適切に対処できない」と語ったことが報じられています。

【ご参考】【「労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」の設置について】内閣府(PDF:164KB)

【ご参考】【規制改革推進会議委員名簿】内閣府(PDF:176KB)

確かに、長時間労働をなくすことは社会的に求められている喫緊の課題です。企業を監督する労働基準監督官が不足していて、十分に対応するのが難しいのも現実です。そのため、政府は労働基準監督官を増やす方針を決めています。

【ご参考】【労働基準監督官、増員へ・・・電通の過労自殺受け】

実は、労働基準監督官をめぐる問題は、人手不足だけではありません。
2008年10月に労働基準監督官の新しい人事制度が作られ、労働行政に関わる技官と事務官の採用が停止されました。これは、今まで安全衛生や労災補償等の業務を専門的に扱っていた技官や事務官の採用・育成を一切行わないというものです。

そのため、労働基準監督官は労働監督だけでなく、安全衛生や労災補償の業務もあわせて行うことになり、結果、監督官の採用人数は増えても、労災補償や安全衛生などに回されてしまい、企業の労働監督をする人はむしろ減少しているとの見方もあります。

多くの労働基準監督署で、相談や賃金確認などの業務が増大し、監督官のほとんどがこうした業務に回されてしまい、(労働時間管理の適正化、一般労働条件の確保、労災防止等の臨検監督)に手が回っていないのが実情です。
「臨検監督」とは、労働基準監督官が、会社で違反行為が行われていないか調査するための行政指導で、定期的に実施するものと抜き打ちで行うものがあります。

抜き打ち調査にまで手が回らないせいか、労働基準監督官が司法処分として検察庁に送検する件数が少な過ぎるとの指摘もあります。過重労働がひどい職場に「代休付与命令」を出すような強制権限を適切・効果的に行使する工夫には議論の余地が残っています。
「代休付与命令」とは、労働基準法第33条2項「行政官庁がその労働時間の延長又は休日の労働を不適当と認めるときは、その後にその時間に相当する休憩又は休日を与えるべきことを、命ずることができる」に基づき、労働基準監督署が休憩や休日を与えるよう会社に命令することです。

労働基準監督官の人数や業務、司法処分件数については、「労働基準監督年報」として公表されています。これは、国際条約上の義務としてILO事務局に報告されている資料です。

【ご参考】【平成26年 労働基準監督年報】厚生労働省(PDF:3.04MB)

つまり、監督官の人手不足を解消する以外にも、業務範囲や人材配置の見直しなど、検討すべき課題は山積しているということです。そして、民間委託についてはさらに慎重を期すべきでしょう。規制改革推進会議の委員が、「駐車違反の取締りでも民間委託が行われている」と例に挙げましたが、同列に論じるのは少し乱暴に感じます。

2006年6月に道路交通法が改正され、放置車両確認事務の業務(駐車違反取締り)が民間企業に開放され、業務委託ができるようになりました。表向き「ノルマ」は存在しないことになっていますが、警察署長による「評価」というものがあります。「優秀な事務遂行を行った放置車両確認機関については、次回入札等において優遇措置する」との一文です。

つまり、たくさん取り締まった会社は次の委託業者を決める入札で有利だということです。このため、受注を目指す会社によっては、実質的なノルマを課し、常軌を逸した取締りを行っているとの批判もあります。それ以前に、委託されるのは民間企業ですから、社会貢献よりも利益優先であるのは当然です。

駐車違反であれば、駐車場所や放置時間などから、明確な基準で取締ることが可能です。そのせいか、元警察官や短期間の講習で駐車監視員資格は取得できます。しかし、労働基準監督官に要求される知識・経験は特殊で高度です。職場ぐるみの隠ぺいや、退職をちらつかせて口裏を合わせているようなケースを見逃さない能力が求められるからです。

ソーシャルハートフルユニオンに実際に寄せられた相談で、最低賃金違反や残業代未払いなど、明らかに労働基準法に違反している会社では、つじつま合わせの結果、助成金の申請書類や決算書類に虚偽の記載をする必要に迫られます。見方を変えると、労働基準法違反のケースの多くは、助成金詐欺や法人税法違反がセットになっているということです。

取締りを強化するなら、監督官業務の民間委託を検討するより、警察や税務署との連携を見直すほうが近道かもしれません。また「労基署に相談に行ったのに何もしてもらえなかった」という声も多く寄せられます。実際、労基署に相談に出向いても、直接監督官に会えることは稀で、ほとんどの場合、相談員が対応します。例えば、この相談員にもう少し権限を与える方策はないか検討することもより実践的です。

新たな利権や天下り法人を作るためでないなら、民間の活用が広がることは大いに賛成です。しかし、労働行政においては、「人手が足りないから」と安易に民間委託を考える前に、真摯に検討すべきことが数多くあります。まずは、規制改革推進会議に、現役の労働基準監督官を出席させて意見を聞いてみてはどうでしょう。労働現場で起きるトラブルは生々しいものですから、学者・識者による机上の空論で終わってしまっては、何も防げませんし誰一人助けることができないのです。

出典元:朝日新聞・内閣府・厚生労働省