【実質賃金先行き懸念 16年0.7%増、残業減や米政権がリスク】

2017年2月7日
日本経済新聞

会社員らが2016年に受け取った賃金は大方の予想よりも堅調な伸びを示した。雇用環境の改善などを映し、物価変動の影響を除いた実質賃金は5年ぶりに前年を上回った。
ただ、安倍政権が進める「働き方改革」や物価の上昇によって賃金には下押し圧力が強まる可能性もあり、先行きは見通しにくくなっている。

厚生労働省が6日発表した16年の毎月勤労統計調査(速報値)によると、実質賃金は前年から0.7%増加した。名目賃金にあたる現金給与総額は0.5%増え、所得環境が緩やかに上向いていることを示した。

16年は春季労使交渉でのベースアップ(ベア)の伸びが前年を下回ったこともあり、賃金増は望み薄とみられていた。予想に反して賃金が増えた背景には深刻さを増す人手不足がある。中小などを中心に企業は人材を確保するために賃金を上げざるを得なくなり、基本給やボーナスが増加した。正社員などフルタイム労働者の基本給は前年比で0.6%増、ボーナスなどの特別給与は2.2%増加した。

これに加えて原油安や円高で物価が下落し、実質賃金は5年ぶりにプラスに転じた。実質賃金は家計の正味の購買力を示し、プラスが続けば個人消費の拡大につながる。

17年も賃金増の基調は続くのか。景気の緩やかな回復は追い風になるが、楽観的なシナリオは描きにくい。

一つ目の懸念は残業代の減少だ。厚労省が同日発表した16年12月の所定外給与は1人当たり1.9%減と大幅に落ち込んだ。企業の生産活動が活発になれば所定外給与も増えるはずだが、官民で取り組んでいる働き方改革が残業代の減少を招いている可能性がある。

働き方改革で同一労働同一賃金が実現に向かえば、非正規労働者の賃金や手当が増える要因になる。しかし、こうした取り組みよりも先に企業は長時間労働の是正に動き、残業時間の削減が足元で進んでいるようだ。

安倍政権が期待する物価上昇も短期的には実質賃金の押し下げに働く。原油高や円安の影響で16年4月から半年間下落が続いていた消費者物価指数は10月に上昇に転じ、12月は前年同月比0.4%上昇した。実質賃金の力強い回復がなければ、消費の復調を起点とする自律的な景気拡大の展望を描きにくくなる。

米トランプ政権の政策の行方も不確定要素の一つだ。トランプ政権は北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しや移民の入国制限など保護主義的な政策が目立つ。為替相場もトランプ氏の政策で揺れ動くため、経済の先行きは見通しにくい。

本格化してきた今年の春季労使交渉でどの程度の賃上げが実現するかが焦点になる。大和総研の長内智シニアエコノミストは「米トランプ政権の影響で経済の先行きが見通しにくく、企業が賃上げに消極的になる可能性はある」と指摘する。

ユニオンからコメント

厚生労働省が発表した2016年の毎月勤労統計調査(速報値)から、給与総額が3年連続で増加、実質賃金は5年ぶりに増加したことがわかったというニュースです。

実質賃金とは、はたらいた人が受け取った賃金が、実生活で「どれだけの物品の購入に使えるか」を示す数値で、賃金から消費者物価指数を除いた数値です。消費者物価指数を引く前の、受け取った賃金そのものを名目賃金といいます。
消費者物価指数(生鮮食品含む)が前年比で0.2%下がったことが、実質賃金を0.7%増加させた要因の一つになっています。

【ご参考】【毎月勤労統計調査 平成28年分結果速報】厚生労働省(PDF:124KB)

厚生労働省は「賃上げの効果で主に正社員の賃金が増え、ボーナスも上昇したため名目賃金が増加した。実質賃金は物価がマイナスになったことでさらに押し上げられた」と分析しています。「景気回復が進んで、実質賃金もプラスになった」と好評価する人も少なくありません。

しかし、記事は、楽観視するのは早い、今後についてはいくつかの不安要素があると指摘しています。一つ目が、働き方改革で労働時間が抑制され減ってしまう残業代です。景気が悪くなれば残業時間そのものが少なくなる可能性もありますが、いずれにしても収入が減ってしまう要因になります。二つ目が、政府が目指している物価上昇そのものです。皮肉にも物価の下落が実質賃金を押し上げていますので、物価が上昇すれば実質賃金を引き下げかねません。

そして最後に、トランプ政権を不安要素にあげています。先が読めないので企業が警戒する、すると給料が上がりにくくなってしまうということです。アメリカがドル安の政策に向かえば、当然円高になる可能性があります。為替の不安定は、企業の業績に直結します。つまり、繰り返し報道されているトランプ大統領の動向が、私たちの賃金に影響を及ぼすかも知れないということです。

改めて、厚生労働省の調査結果を詳しく見てみると、実質賃金が0.7%増加した内訳では、正社員の0.8%増加に対して、非正社員は0.1%減少しています。また、雇用者数が2.1%増加している内訳では、正社員の1.8%増加に対し、非正社員は2.9%増加しています。

見方を変えると、政府は物価を上げたいのに「物価が下がって」いる。非正規という言葉をこの国から一掃すると言ったのに「非正規の割合が増加」していて、賃金格差を解消するはずが「正規・非正規の賃金格差が拡がった」ことを裏付けてしまいました。

「人手不足で労働時間が増えるはずなのに、逆に減っているのは異例。働き方改革の影響で各企業の残業時間が減り、パートの収入にも影響が及んでいる」と指摘するアナリストもいます。時給は上がったけれどはたらく時間が減って収入が少なくなった、つまり働き方改革が逆効果になっているのではという指摘です。

「働き方改革は、一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ」であるはずです。
極端な言い方ですが、同一労働同一賃金なら「どうやって格差をなくすか」ではなく、まず非正規の給料を上げてしまう。仮に、最低賃金を1200円にすれば、労働基準法の範囲内(2085時間)ではたらくと月給20万円を少し超えます。長時間労働の是正なら、残業時間の上限を決めるのではなく、残業代の割増率を50~75%に引き上げてしまう。
もちろん実現可能な範囲でなければいけませんが、長時間労働や低賃金など、様々な問題を同時に解決する方法はないのか、そんな挑戦的な議論もされるべきでしょう。

「非正規労働者の賃金を上昇させ消費拡大につなげることが経済の好循環に欠かせない」は働き方改革のベースになっています。消費の拡大や経済の好循環とは、景気がよくなることで、言い換えると「暮らしが楽になる」ことです。

最新の国民生活基礎調査結果では、国民のおよそ60%が「生活が苦しい」と答えています。その比率は、高齢者世帯を除くと約64%にまで上昇します。

【ご参考】【平成27年 国民生活基礎調査の概況】厚生労働省(PDF:132KB)

2012年12月26日に成立した安倍政権は5年目に入りました。「実質賃金が5年ぶりに増加した」とアピールして0.7%の微増を誇ることなく、64%の人たちが感じている生活苦を取り除くような政治手腕を発揮してくれることに期待します。

出典元:日本経済新聞・厚生労働省