【アベノミクス、格差改善? 首相「結果表れた」 野党「成果早計」】

2017年1月28日
朝日新聞

「格差」が通常国会序盤の論戦テーマに浮上している。安倍晋三首相が施政方針演説で、格差を示す指標が改善したと述べ、「アベノミクスで格差が拡大している」と批判してきた野党を挑発したのがきっかけだ。野党は「成果を強調するのは早計だ」と反論。格差は本当に縮小したのか。

■指標により違う結果

27日の衆院予算委員会。「厚生労働省が出している『相対的貧困率』は約16%で、相当高い。これを目安とすると、G7諸国では米国に次いで日本は格差が大きい」。民進党の長妻昭氏は「一つの数字だけをもって油断してもらっては困る」と首相に釘を刺した。

発端は施政方針演説で、首相が「格差を示す指標である相対的貧困率が減少している」と語ったことだった。首相のいう相対的貧困率は、総務省の全国消費実態調査を元にした数字。昨年発表分のデータが集計開始以来、初めて改善し、特に子どもに関する数字の改善が著しかったという。

だが、かねて厚労省が同じ表現で別の指標を出していたことから、野党側は首相の主張をいぶかった。長妻氏は「日本で子どもの貧困率を考えるときは厚生労働省の指標を使いなさいとの政令がある」と指摘。「(首相の主張は)誇大広告に過ぎるのではないか」と述べた。

長妻氏が指摘したのが、世代を超えて格差が固定化している点や、先進諸国に比べて公的教育投資や所得再配分機能が弱い現状だった。これに対し、首相は「就業機会が増え、名目賃金が上がっていくなかで改善の結果が表れた」とアベノミクスの正当性を強調。両者が折り合うことはなかった。

アベノミクスで所得や雇用が改善すれば格差是正にもつながると考える首相と、アベノミクスでは大企業や富裕層ばかりが潤って国民の生活は上向かないとして、貧困層や中間層への支援を通じて格差を是正すべきだと考える野党側。格差とアベノミクスの関係は、共産党の志位和夫委員長も衆院代表質問で、民進の前原誠司元外相も前日の衆院予算委で取り上げた。

■長期的にみれば拡大

格差は長期的にみると広がっている。厚労省の調査では、相対的貧困率は1985年の12.0%から2012年は16.1%へ上昇。子どもの貧困率も10.9%から16.3%に増えた。みずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは「経済の停滞や非正規社員の増加で、所得水準が全体的に下がった」と分析する。

とりわけ「貧困の連鎖」につながる子どもの貧困の解消は急務だ。政府が14年にまとめた「子どもの貧困対策大綱」では対策の効果を検証する指標として、貧困率のほかに進学率や就職率など24項目を定めた。大学などへの進学率は生活保護世帯で32.9%から33.4%に微増したが、全世帯平均の73.2%と比べると、その差はなお大きい。子どもの貧困解消に取り組む公益財団法人「あすのば」の小河光治代表理事は話す。「子どもの貧困は金銭的な貧しさだけでは測れない。家庭環境など多様な物差しで見ていく必要がある」

ユニオンからコメント

現在開かれている193回通常国会の場で、「格差」が重要な議題になっているというニュースです。

政府の「名目賃金が上がって格差は改善している」に対し、野党の「大企業や富裕層ばかりが潤って国民の生活は上向かない」と議論がかみ合いません。記事には「非正規社員の増加で、所得水準が全体的に下がった」と分析する専門家の意見も紹介されています。

格差については、「たった8人の大金持ちと、世界の下位36億人の資産が同額だ」という、全世界的にみても格差が激しくなっていることを示すニュースが報じられています。

【資産額「上位8人=下位36億人」 国際NGO「格差拡大」】

国際NGO「オックスファム」は16日、2016年に世界で最も裕福な8人の資産の合計が、世界の人口のうち、経済的に恵まれない下から半分(約36億人)の資産の合計とほぼ同じだったとする報告書を発表した。
経済格差の背景に労働者の賃金の低迷や大企業や富裕層による課税逃れなどがあるとして、経済のあり方に抜本的な変化が必要だと訴えている。
スイス金融大手クレディ・スイスの調査データと、米経済誌フォーブスの長者番付を比較して試算した。下位半分の資産は、上位8人の資産の合計約4260億ドル(約48兆6千億円)に相当するという。オックスファムは昨年の報告書で、15年の下位半分の資産額は上位62人の合計(約1兆7600億ドル)に相当するとした。報告書は1988年から2011年の間に下位10%の所得は年平均3ドルも増えていないのに対し、上位1%の所得は182倍になり、格差が広がっていると指摘している。(2017年1月17日 朝日新聞)

このような世界情勢のなか、安倍政権は、日本の未来を切り開く新たな国づくりとして「一億総活躍社会」を目指すとしました。

【ご参考】【一億総活躍社会の実現】首相官邸

平成28年6月2日に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」には、「戦後最大の名目GDP600兆円に向けた取組」と「一億総活躍社会の実現に向けた働き方改革」が同列に並べられています。実は、安倍政権が目指す「GDP600兆円」と、「正規・非正規労働者の格差をなくす働き方改革」には、相反する側面があります。「GDP拡大は、格差を生む」という弊害がある、と考えることができるからです。

GDP統計が初めて作られたのは、1930年代の大恐慌や第2次世界大戦がきっかけとされています。数字で財政・金融政策を動かし、景気にも影響するGDPは、その歴史が意外と短いのです。元は1930年代の英国・米国で、第2次世界大戦に向けた生産力の分析を進めるためのものでした。

西暦1年~2000年代の世界の成長を人口等から推定した経済学者は、1人当たりGDPが伸び始めたのは1820年頃で、私有財産制度や資本市場が整備され、技術進歩や新しいアイデアを評価する文化や制度ができたことで、成長する基盤が整ったからだと分析します。

現在では、GDPの拡大こそが経済成長という考え方が一般的になりつつあります。しかし、 「かつての経済成長には個人を豊かにし、格差を縮める大きなパワーがあった。最近は国家間の経済格差は縮まったものの、上っ面の成長ばかり追い求める風潮が広がり、各国の国内格差が広がってしまった」と指摘する専門家の意見もあります。

「個人の成長を豊かにしてきた経済成長が、数字上の成長(GDP拡大)を追い求めることで逆に格差を広げてしまっている」とはどのようなことなのでしょうか。

現在、誰もが手にする約8万円の最新スマホが、25年前ならいくらの価値があったのかを考えてみます。性能の劣るパソコンで30万円、テレビが20万円程度と考えると、最新スマホには80万円以上の価値があると想定することができます。
ところが、この便利さや豊かさの飛躍的な向上をGDPで計算すると80万円の価値がある消費が、計算上は現在のスマホ価格の8万円だけに減ることがあるのです。つまり、個人の豊かさや便利さが、GDPという数字には表れにくいということです。

実際に、主要国の成長戦略、金融政策は「強く富めるものを、さらに強くさらに富ませる」という傾向があります。いっとき格差は大きくなるけれど、トリクルダウン(※「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴(したた)り落ちる」とする経済理論)によって中間層・低所得層にも恩恵がもたらされる。そのような説明を聞いたことがある人も少なくないでしょう。しかし、現実にはそうはならず、格差は拡大するばかりです。つまり、GDPの拡大を目指すことには、格差を増大させるという側面が間違いなく存在しています。

安倍政権は、なぜGDPを拡大させなければならないのか、それによって私たちの生活がどう良くなるのか、わかりやすい言葉で説明して、「だからGDPの拡大が必要だ」と訴えるべきでしょう。そして、そこに格差増大のリスクが存在することを認めた上で、どう対策し、どのように格差を解消するつもりなのか、より丁寧に国民に説明できなければ「支離滅裂な政策」になってしまいかねません。

アメリカにトランプ大統領が誕生し、アメリカが「TPP交渉から離脱する」との報道が連日繰り返されています。TPPについては、国内に一定の反対がある中、「将来のアジア太平洋地域における日本の役割という観点から参加が重要」との信念のもと、なかば強引な形で参加が決められたことは広く知られています。反対意見を押し切ってまで臨んだTPP交渉が、アメリカによって「はしごを外された」のであれば、「何を見誤ったのか」について国民に説明しなければ反対していた人たちの納得を得られません。それでもなお、重要な政策であることを説明し、その上で、方針転換などあらゆる方策を検討すべきです。

今の国会で議論されている「格差」や「働き方」は、国民一人一人にとって大切なテーマです。誰もが無関心でいることなく、それぞれの考え方や意見を持つべき重要な課題です。「同一労働同一賃金を実現します」が、高齢者と呼ばれる年齢を引き上げて「少子高齢問題が改善しました」になってしまわないよう、自分たちの切実な問題として厳しくチェックする意識を持つことが求められます。

出典元:朝日新聞・首相官邸