【〈同一労働同一賃金〉政府指針案、道筋見えず 企業側の裁量大きく】

2016年12月21日
毎日新聞

政府が20日公表した同一労働同一賃金ガイドライン(指針)案は、非正規労働者への賞与支給を促すなど非正規労働者の待遇改善に向け前進したと言える。ただ、わずか十数ページの指針案で明確に判断できる事例は限られる。企業側の裁量の余地はなお大きく、「同一賃金」への道筋は見えない。

「同一労働同一賃金を導入したいと考えてきた。正規労働者と非正規労働者の不合理な待遇差を認めないで、日本の労働慣行に留意したものとなった」
同日の働き方改革実現会議で安倍晋三首相は胸を張った。首相が同一労働同一賃金に力を入れるのは、企業の内部留保を非正規労働者の賃金に回し、消費の拡大につなげたいとの思惑があるからだ。

だが、首相の期待通りに進むかどうかは微妙だ。同会議メンバーの榊原定征経団連会長は会議終了後、記者団に「妥当な内容だ」と評価したものの、非正規労働者の処遇改善について「生産性を上げたうえで、配分の一部が非正規の賃金是正につながる」との考えを強調。正社員の賃下げなしに非正規労働者の待遇を上げることについては、「一般論としては言うことはできない」と述べるにとどめた。

企業側の受け止めもさまざまだ。全国で10万人以上のパート・アルバイト職員を抱える牛丼チェーン大手は「パートに賞与を払うなら企業負担が大きすぎる」と不満を漏らす。約3万6000人のパート・アルバイトのいる大手スーパーも「パートの業績貢献をどう判断するかが難しく非現実的だ」と反応は冷ややかだ。

一方、非正規労働者の基本給アップ、福利厚生面の格差是正については「すでに自主的にやっている」(別の大手スーパー)との声も多い。ある大手流通は「実施済みの事案も多く、警戒していたほどではない」(幹部)と明かす。

ただ、コンビニエンスストアのように店舗オーナーとアルバイト従業員だけという業態では比較する正規労働者がおらず、指針案の対象外となる。ある政府関係者は「全ての非正規が対象となるわけではない」と釈明する。コンビニ大手幹部は「言及がなく、どう対応していいか分からない」と当惑気味に話した。

労働者側から見ると、指針案にはあいまいさが多い。「業績への貢献に応じた賞与の支給」を明記した意味は大きいが、企業によっては業績への貢献以外の要素も加味して決めたり、あらかじめ固定的に支給額を決めていたりする企業もあり、全ての非正規に賞与が支払われるかどうかは不透明だ。

指針案は派遣労働者についても「派遣先社員と同一」の取り扱いを求めている。だが、条件として、仕事の中身だけでなく、同じように異動を求められることなどが示されている。ある労組関係者は「異動まで派遣先の社員と同じケースは限定される」と述べ、派遣労働者の待遇改善が放置されることを警戒する。

労働側が強く求めてきた退職金は記述そのものが見送られた。政府内にも「本来は支払うべきだ」との声はあったが、「退職金には給与の後払いや、会社への長年の貢献などさまざまな意味があり、位置づけが難しかった」(内閣府幹部)からだ。大幅なコスト増となる経済界への配慮もあり、今後、さらに踏み込む可能性は極めて低い。

■年功給、変わる可能性
指針案は「勤続年数」の同じ労働者の同一賃金を求めた。勤続年数は年功的意味合いがあり、指針案によって年功給の考え方が変わる可能性もある。

年金受給年齢の引き上げに伴い、企業は、60歳で定年した労働者が希望すれば雇用を継続しなければならない。多くの企業は非正規として低い賃金で再雇用して対応している。定年退職者にまで勤続年数に応じた同一賃金が求められれば、人件費が膨大になりかねない。

ある厚生労働省関係者は「年功給を採用しない企業が増えるのではないか」と話す。経済界には「年功ではなく仕事内容に応じて賃金を決める職務給を取り入れる企業がさらに増えそうだ」との指摘もある。

一方、政府は今後、指針案を具体化するためパート労働法、労働契約法、労働者派遣法の3法改正に向けた作業に入る。焦点になるのは、正規・非正規間の格差の「合理性」の立証責任を使用者に負わせるかどうかだ。指針案だけで容易に判断できない事例は多い。政府は、格差が合理的かどうかは最終的には司法判断に委ねられることを想定しているからだ。

欧州では判例の積み重ねが基準になっている。日本も今後の判例によってルールがより詳細・明確になることが期待されている。ただ、労働者側が法廷で「格差は不合理」と立証するのは難しく、連合は「使用者の立証責任」を明確にするよう求めている。しかし、これには経済界側の反発は強く、見送られる公算が大きい。

ユニオンからコメント

(同一労働同一賃金)とは、「同じような仕事をすれば、同じような給料がもらえる」ということです。働き方改革実現会議は、「正社員の60%程度である現在の非正規労働者の賃金を、ヨーロッパ並みの80%程度にまで引き上げることを目指す」としています。

これだけなら、「単純に給料が約1.3倍に増える」というようにも聞こえます。東京都の最低賃金932円ではたらいている人の時給が約1200円になるということです。本当にそんなことが実現するのでしょうか。

安倍首相が、「非正規(労働)という言葉をこの国から一掃する」と宣言した理由は、非正規ではたらく人が増えて、その割合が高まっているからです。パート・アルバイト・派遣といった非正規労働者の比率は上昇傾向が続いていて、現在では労働者の4割を占めるほどになりました。

もう一つの理由が、日本の非正規労働者の賃金水準が低すぎるからです。正社員と同じような仕事をしている非正社員は数多くいますが、非正社員の賃金水準は正社員の6割弱に止まり、これが欧州諸国と比べて格差が大きいのです。

今回の指針案から、政府が目指す(同一労働同一賃金)は、(合理的な理由なしに正社員と非正社員の待遇に差をつけることを禁じるための規制)であることがはっきりしました。通勤手当や社内食堂の利用などで正社員と非正社員に差をつけてはいけないといった規制で、「同じような仕事なら、同じような給料がもらえる」ということでは決してありません。

【同一労働同一賃金へ政府が指針案 格差固定の懸念も】
正社員と非正社員の待遇格差を是正する「同一労働同一賃金」の実現に向け、政府は20日、ガイドライン(指針)案をまとめた。ただ、格差是正が実際にどこまで進むかについては疑問も残る。抽象的な表現が目立ち、「問題となる例」として列挙された項目も限られた。
指針に法的拘束力はない。企業が格差是正に取り組むよう指針に実効性を持たせるため、政府は関連法を改正する方針。指針案に従う企業が、待遇格差をつける理由を説明しやすくするため、正社員と非正社員の仕事や役割をはっきり分ける「職務分離」が広がり、「かえって格差が固定化する」といった懸念も出ている。非正社員の賃上げに伴って、正社員の賃金水準が引き下げられる可能性もある。(2016年12月21日 朝日新聞)

どうして(同一労働同一賃金)が重要テーマとして急浮上してきたのでしょうか。
それは、労働者の約4割を占める非正規社員の給料が上がれば、消費の拡大につながり、GDPの上昇や出生率の改善が期待できる、と政府が考えたからです。この、政権の描く好循環のシナリオを実現させるため、正社員の6割に満たない非正規社員の給料を上げて中間層を底上げしようと考えたのです。言い換えると、「非正規の人が増え過ぎた。その人たちの給料を上げなければ景気が良くならない」からです。非正社員の賃上げによって、正社員の賃金水準が引き下げられるようでは本末転倒と言わざるを得ません。

また、この指針には法的拘束力がありません。そのため政府は、指針に実効性を持たせるため、関連法を改正する方針を打ち出しました。

実は、非正規社員の待遇改善を目指す法改正はここ数年、徐々に進んでいます。
2013年4月に施行された改正労働契約法の第20条には、「有期雇用で働く人と正社員の労働条件に不合理な格差があってはならない」と定められています。正社員と非正社員の賃金格差を縮めるための法整備はこれまでも行われているのです。

しかし、現在の法律は「格差のグレーゾーン」が広いので、裁判で「正社員と非正社員では将来の期待が違う」と会社側が主張するケースが多かったのです。また、そもそも裁判例が少ないので、正社員と非正社員のどんな格差が許されないのかを判断する基準がはっきりしていません。法律の改正によって懸念される、「格差をつける理由が説明しやすくなるので、格差が固定化する」では、待遇改善を目指す方向に逆行してしまいます。

もっとも重要なのは、日本の正規労働者と非正規労働者の賃金格差が、欧州など比べて大き過ぎることです。その原因は、日本の賃金の決め方にあると考えられます。日本では、正社員の賃金は(勤続年数・責任の重さ・異動の範囲)などを考慮した「職能給」が主流です。会社でキャリアを積むことで年功的に賃金が上がっていくものです。一方の、非正社員の賃金は「仕事の市場価値」で決まるのが普通で、地域による差も大きいままです。

もし、欧州のような(同一労働同一賃金)を実現しようとするのであれば、日本型雇用システムを見直す必要があります。賃金の決め方を変える、ということです。しかし、これまでの(正社員中心の)賃金・人事制度を見直すことには、企業側の慎重論が立ちはだかっています。実際、多くの経営者が「実現不可能」と本音を語っています。

結局、議論される(同一労働同一賃金)は、「同じような仕事でも、給料に差をつけていい場合があることを認める」ような形になりつつあります。正社員と非正社員に差をつけても、経験や資格、キャリアの違いなどを会社がきちんと説明できれば違法にならない可能性が高くなったのです。

非正規労働者の給料が低いから、(同一労働同一賃金)を実現する。だから、安倍首相は「非正規という言葉をこの国から一掃する」と威勢よく宣言したのです。実現するためには、日本型労働慣行の見直しが必要になることは明らかです。安倍首相が「わが国の労働慣行には十分に留意した」と胸を張ったのが不可解です。

(同一労働同一賃金)という受けの良いキーワードを、解釈をすり替えて使用すれば、「働き方改革」が「働かせ方の微調整」になってしまいかねません。本来の目的であったはずの、正社員と非正社員の賃金格差を今よりも縮めるための改革。非正規ではたらく人の賃上げを後押しするような改革になることを期待します。

【ご参考】【同一労働同一賃金ガイドライン案】首相官邸(PDF:280KB)

政府が示した「同一労働同一賃金」ガイドライン(指針)案の要旨は次の通りです。

【前文】

▽目的

本ガイドライン案は、正規か非正規かという雇用形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定するものである。同一労働同一賃金は、いわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すものである。

我が国の場合、基本給をはじめ、賃金制度の決まり方が様々な要素が組み合わされている場合も多いため、同一労働同一賃金の実現に向けて、まずは、各企業において、職務や能力等の明確化とその職務や能力等と賃金等の待遇との関係を含めた処遇体系全体を労使の話し合いによって、それぞれ確認し、非正規雇用労働者を含む労使で共有することが肝要である。

▽趣旨

本ガイドライン案は、いわゆる正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間で、待遇差が存在する場合に、いかなる待遇差が不合理なものであり、いかなる待遇差は不合理なものでないのかを示したものである。この際、典型的な事例として整理できるものについては、問題とならない例・問題となる例という形で具体例を付した。なお、具体例として整理されていない事例については、各社の労使で個別具体の事情に応じて議論していくことが望まれる。

【基本給】

労働者の職業経験や業績・成果、勤続年数などに応じて支給しようとする場合、無期雇用フルタイム労働者と同一の能力を蓄積している有期雇用労働者またはパートタイム労働者には、その能力に応じた部分につき、同一の支給をしなければならない。また、一定の違いがある場合においては、その相違に応じた支給をしなければならない。

▽問題とならない例

同じ職場で同一の業務を担当している有期雇用労働者であるXとYのうち、職業経験・能力が一定の水準を満たしたYを定期的に職務内容や勤務地に変更がある無期雇用フルタイム労働者に登用し、転換後の賃金を職務内容や勤務地に変更があるのを理由にXに比べ高い賃金水準としている。

基本給の一部について労働者の業績・成果に応じて支給している会社で、フルタイム労働者の半分の勤務時間のパートタイム労働者であるXに対し、無期雇用フルタイム労働者に設定されている販売目標の半分の数値に達した場合には、無期雇用フルタイム労働者が販売目標を達成した場合の半分を支給している。

▽問題となる例

基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給している会社において、無期雇用フルタイム労働者であるXが有期雇用労働者であるYに比べて多くの職業経験を有することを理由として、Xに対して、Yよりも多額の支給をしているが、Xのこれまでの職業経験はXの現在の業務に関連性を持たない。

基本給の一部について労働者の業績・成果に応じて支給している会社において、無期雇用フルタイム労働者が販売目標を達成した場合に行っている支給を、パートタイム労働者であるXが無期雇用フルタイム労働者の販売目標に届かない場合には行っていない。

【賞与】

会社の業績等への貢献に応じて支給しようとする場合、無期雇用フルタイム労働者と同一の貢献である有期雇用労働者またはパートタイム労働者には、貢献に応じた部分につき、同一の支給をしなければならない。また、貢献に一定の違いがある場合においては、その相違に応じた支給をしなければならない。

▽問題とならない例

賞与について、業績等への貢献に応じた支給をしている会社において、無期雇用フルタイム労働者であるXと同一の会社業績への貢献がある有期雇用労働者であるYに対して、Xと同一の支給をしている。

▽問題となる例

無期雇用フルタイム労働者には職務内容や貢献等にかかわらず全員に支給しているが、有期雇用労働者またはパートタイム労働者には支給していない。

【役職手当】

役職の内容、責任の範囲・程度に対して支給しようとする場合、無期雇用フルタイム労働者と同一の役職・責任に就く有期雇用労働者またはパートタイム労働者には、同一の支給をしなければならない。また、役職の内容、責任に一定の違いがある場合においては、その相違に応じた支給をしなければならない。

【精皆勤手当】

無期雇用フルタイム労働者と業務内容が同一の有期雇用労働者またはパートタイム労働者には同一の支給をしなければならない。

【時間外労働手当】

無期雇用フルタイム労働者の所定労働時間を超えて同一の時間外労働を行った有期雇用労働者またはパートタイム労働者には、無期雇用フルタイム労働者の所定労働時間を超えた時間につき、同一の割増率等で支給をしなければならない。

【通勤手当・出張旅費】

有期雇用労働者またはパートタイム労働者にも、無期雇用フルタイム労働者と同一の支給をしなければならない。

【福利厚生】

▽福利厚生施設(食堂、休憩室、更衣室)

無期雇用フルタイム労働者と同一の事業場で働く有期雇用労働者またはパートタイム労働者には、同一の利用を認めなければならない。

▽慶弔休暇、健康診断に伴う勤務免除・有給補償

有期雇用労働者またはパートタイム労働者にも、無期雇用フルタイム労働者と同一の付与をしなければならない。

▽病気休職

無期雇用パートタイム労働者には、無期雇用フルタイム労働者と同一の付与をしなければならない。また、有期雇用労働者にも、労働契約の残存期間を踏まえて、付与をしなければならない。

【その他】

▽教育訓練

現在の職務に必要な技能・知識を習得するために実施しようとする場合、無期雇用フルタイム労働者と同一の職務内容である有期雇用労働者またはパートタイム労働者には同一の実施をしなければならない。また、職務の内容、責任に一定の違いがある場合においては、その相違に応じた実施をしなければならない。

【派遣労働者】

派遣元事業者は派遣先の労働者と職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情が同一である派遣労働者に対し、その派遣先の労働者と同一の賃金の支給、福利厚生、教育訓練の実施をしなければならない。また職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情に一定の違いがある場合、その相違に応じた賃金の支給、福利厚生、教育訓練の実施をしなければならない。

出典元:毎日新聞・朝日新聞・首相官邸