【〈相模原殺傷〉厚労省主導に限界・・・最終報告】

平成28年12月9日
毎日新聞

19人が犠牲になった相模原市障害者施設殺傷事件の再発をどうすれば防げるか。厚生労働省の検討チームが8日出した答えは、措置入院患者への「継続的な支援」だった。当初、障害を持つ当事者や家族が懸念した監視や隔離の強化は、検討チームが強く否定したが、精神保健福祉分野の対応に関する議論に終始したことに「表層的だ」「国民的な議論を」といった声もある。

■警察対応の検証欠落・・・再発防止

再発防止の議論が厚労省主導で進んだのは、安倍晋三首相の発言が端緒だった。事件直後の7月28日に開かれた関係閣僚会議で首相は「厚労相を中心に検討を」と指示。この結果、精神医療のあり方や障害者施設の防犯が対策の焦点になった。

障害者団体など当事者や家族は、障害者全体への風当たりが強まることを警戒した。2001年に大阪教育大付属池田小で起きた乱入殺傷事件の加害者に措置入院歴があり、障害者を危険視する雰囲気が広がったからだ。

この懸念は厚労省も認識し、検討チームには精神医療の現場を知る医療関係者を中心に集め「精神障害者を地域で支える取り組みは逆行させない」との理念を共有した。最終報告書は冒頭で「共生社会の推進」をうたい、危険思想を持つというような対応が難しいグレーゾーンについても「他者を傷つけることを防ぐための措置は、人権保護の観点から極めて慎重でなければならない」と強調した。

だが、精神医療の専門家を中心としたメンバーによる検討は、措置入院制度という狭い範囲の議論にならざるを得なかった。多くの関係者が、「当時の警察の検証が欠落した」と指摘する。

「犯行予告まであったのに警察は何かできなかったのか」。11月、自民党の会合で複数の議員が警察庁担当者に憤りをぶつけた。警察庁は「逃亡や証拠隠滅の恐れが高くなく逮捕は困難」と説明するだけで、具体的な再発防止策を示さなかった。

検討チーム会合には警察庁も出席していたが、複数のメンバーは「積極的な発言はほとんどなかった」と明かす。最終的に報告書が警察に言及したのは、自治体や医療者と情報共有のあり方などを検討する協議の場の設置などわずかだ。

警察幹部は毎日新聞の取材に「容疑者を保護して市に報告し、施設に防犯カメラの設置など助言を続けた」と説明する。政府全体の再発防止の検討は今回で区切りになるが、自民党は警察庁や法務省に引き続き対応を求めるとしている。

■人員の確保課題・・・継続支援

精神障害で措置入院した患者は、昨年度7106人。提言は、自治体が主体となって全患者を措置入院中から退院後まで継続的に支援するよう求めた。厚労省によると、任意入院などに移行せず、退院後すぐに地域で暮らす約3割の患者に対し、保健師が自宅訪問して受診を勧めるなどの重点的な見守りをすることになるという。

課題は保健所のマンパワーの確保だ。中心になる保健師の業務は感染症対策、母子保健、高齢者福祉など多岐にわたり、ここ10年は自殺対策や生活習慣病予防も加わった。だが、増員は7年間で約6%どまり。全措置入院患者の退院後支援に既に取り組んでいる兵庫県でも、人手不足に悩んでいるという。

東京都内のある保健所長は「ただでさえ認知症の人への対応や、警察などとの調整業務が増えている。提言は理想だが、人の手当てがないと対応できない」と漏らす。自治体が民間医療機関に委託するモデルも提言で示されたが、先進的な民間施設が全国どこにでもあるわけではない。

厚労省は来年度予算要求で、精神障害者の見守り事業費を今年度の約10倍の4億8000万円に増やした。地方交付税増額も総務省と協議中だが、実現できるかは見通せない。

一方、障害を持つ当事者からは「再発防止に向けた根本的な視点が欠けている」との指摘がある。日本障害者協議会の藤井克徳代表によると、11年に精神障害が疑われた男による連続テロ事件があったノルウェーでは、議会が1年かけて検証などを進めた。日本の国会ではこうした動きがない。藤井さんは「『障害者なんていなくなればいい』という優生思想的な考えに社会がどう相対するか、表舞台で議論すべきだ」と訴える。

DPI(障害者インターナショナル)日本会議の尾上浩二副議長は「この事件を生み出した背景、社会のあり方について、当事者の声を聞きながら社会全体が向き合ってほしい」と話す。

ユニオンからコメント

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者46人が死傷した事件を受けて、厚生労働省の再発防止策検討チームが提言をまとめ、報告書を公表したというニュースです。

【ご参考】【報告書 ~再発防止策の提言~ 】相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム(厚生労働省)(PDF:528KB)

報告書は「支援を受けられる仕組みがあれば、事件を防げた可能性がある」と指摘しています。ここでいう支援とは、「強制入院の措置が取られた患者を、退院後も継続的に支援する仕組み」のことで、提言では自治体に全患者の退院後支援計画の作成を求めています。

厚生労働省も、関係機関での個人情報の共有や転居先の自治体への情報提供が可能になるよう、精神保健福祉法の改正を目指します。「対応が難しいパーソナリティー障害が疑われる患者では専門性の高い病院を措置入院先にすること」なども提言に盛り込まれました。

再発防止策は、措置入院患者が退院した後の、継続支援に重点を置いています。
この継続的な支援が、医療・福祉目的ではなく、防犯目的の障害者への監視強化にならないような整備が必要です。現在の措置入院は、「精神障害者が起こす犯罪から社会を守る手段」のような運用がされているケースもあり、多くの精神障害者のトラウマになっているという意見もあります。

措置入院とは、精神障害によって自分や他人を傷つける可能性が高く、それを自ら認識して医療機関に頼ることが難しい場合に、知事(市長)らの権限・責任で、強制的に入院させることが出来るというものです。精神障害者の入院形態の一つで、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)の第29条に規定されています。

緊急性が高いと判断されると、手続が簡略な(緊急措置入院)があります。これが、「自分や他人を傷つける可能性が高い」という言葉を拡大解釈して、犯罪の予防や逮捕の代用として使われてしまう危険性があるとの指摘もあります。

精神保健福祉法は、精神保健と精神障害者福祉について定めた法律で、その目的は「精神障害者の医療・保護、その社会復帰の促進・自立と社会経済活動への参加の促進のための必要な援助、その発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進により、精神障害者の福祉の増進・国民の精神保健の向上を図ること」とされています。

この法律の第20条で(任意入院)、第33条に(医療保護入院)が規定されています。
(任意入院)は、本人の同意に基づいた入院のことです。
(医療保護入院)は、「医療及び保護のため入院の必要がある精神障害者者について、その家族(配偶者・親権者・扶養義務者・後見人・保佐人)の同意があれば、本人の同意がなくても入院させることができる」と規定され、家族がいない場合、(住んでいる場所の)市長らの同意があれば本人の同意がなくても入院させることができます。また、緊急の場合には、12時間に限り、診察した病院が本人の同意なく入院させることもできます。

現在、普通の会社で、普通にはたらいている精神障害者のなかには、措置入院や保護入院を経験した人が少なくありません。入院、治療を経てから、仕事を始めている人が一般的なのです。(措置入院)(退院後の継続支援)というキーワードが、「障害者を危険視する雰囲気」につながってしまえば、精神障害者がはたらく職場にはマイナスに作用します。

2018年4月1日の「精神障害者雇用の義務化」が迫ってきました。これは(法定雇用率の算出基礎に精神障害者を加える)というもので、2013年6月19日に公布された「改正障害者雇用促進法」の一部が2018年に施行されます。つまり、2018年から変わるのではなく、2013年に変わった法律を周知・準備する猶予期間が5年間あったということです。

周知・準備期間が1年以上に及ぶ法律は、「制度の大きな改変、社会経済活動への大きな影響といった点で十分な周知期間を設ける必要がある」という場合に限られます。
5年間もの周知・準備期間を設けたということは、対応の難しいとても大きな影響があると考えられたのでしょう。この大きな影響の正体が、(精神障害者雇用の増加)です。

法定雇用率に精神障害者が加わることで、障害者雇用率は現在の2.0%から2.3%に上がると想定されています。雇わなければならない障害者の数が増えることになりますから、会社は、求人して採用しなければなりません。現在、約320万人いる精神障害者の3.5万人しか就労していませんので、これから精神障害者雇用が増加することは間違いありません。実際、ここ数年は、精神障害者の雇用数だけが年々ふた桁の割合で増加しています。

それでは、猶予期間のこの5年間で会社側の準備は整ったのでしょうか。
答えは、まだまだ準備不足の会社が多い、です。事実、「誰かが刺されたら、どうすればいいでしょうか」と心配している会社がありました。職場には、「精神障害者は何をするかわからない。危ないのでは?」と考えてしまう人も少なくないようです。記事にある「乱入殺傷事件の加害者に措置入院歴があった」といった報道などが原因の一つかも知れません。

一方の、精神障害者も障害をオープンにしてはたらくことには慣れていません。職場に何をどう伝えればいいかわからない。自分の障害特性をうまく人に説明できない。そんな風に思い悩んでいる人が圧倒的に多いのです。

「こうすればうまくいく」の実例が少ないなか、この両者が理解し合って円満にはたらくには、誤解や偏見を少なくしていくことが不可欠です。私たちが出来ることは、このような事件・報道に触れたとき、決してタブー視するのではなく、深く考えてみることです。専門的な知識が必要なのではなく、間違った知識を持たないことが何より大切です。

出典元:毎日新聞・厚生労働省発表