【「働き手視点で」改革巡り要請書 連合が厚労相に】

2016年12月3日
朝日新聞

安倍政権が進める働き方改革について、連合の逢見直人事務局長が2日、塩崎恭久厚生労働相に要請書を手渡し、働き手の視点に立った改革を実現するよう求めた。働き方改革実現会議での議論が本格化するのを前に、主要テーマである「同一労働同一賃金」と長時間労働の是正に関する要望を伝えた。

正社員と非正社員の待遇差の是正を目指す「同一労働同一賃金」については、合理的な理由なく賃金・手当などの処遇に格差をつけることを禁止する総則的規定を労働契約法に明記し、関係法も見直すよう要望。待遇差をつける理由を説明する責任を使用者側に負わせることなども求めた。

長時間労働の是正については、残業時間の上限規制の法制化、違法な長時間労働に対する罰則の強化や、終業と始業の間に11時間の休息を保障する「勤務間インターバル規制」の導入などを求めた。

ユニオンからコメント

政府が進める「働き方改革」について、働き手の視点に立った改革をしてほしいと連合が厚労大臣に要望書を出したというニュースです。

「働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段。働き方改革は、社会問題であるだけでなく、経済問題です」。初めての会合で、安倍首相はこう宣言しています。
「働き方改革」を単に経済問題と割り切ってしまえば、「働くために生きているのではなく、生きるために働いている」といった労働者の尊厳は置き去りにされてしまいます。

「働き方改革」を、政府は「一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ」と掲げました。(誰もが、どうはたらいて活躍するか)から、(どのような法律ではたらかせて、生産性を上げ利益を出すか)にすり替わった労働者不在の「働かせ改革」にならないよう、連合には「働き手の視点に立って」と繰り返し指摘・要望することを強く望みます。

【ご参考】【働き方改革の実現】首相官邸

ソーシャルハートフルユニオンは、非正規ではたらく障害者が多い現状から、「働き方改革実現会議」に注目し、高い関心を持って見ていく必要があると指摘しています。また、「はたらくこと」を経済問題と捉え、労働生産性の向上や効率だけの問題として取り上げることは、はたらく障害者にとって大きなマイナス面があると警鐘を鳴らしています。

【ご参考】【働き方改革、同床異夢――実現会議が初会合】

「働き方改革実現会議」が掲げる9大テーマの一つ、女性・若者が活躍しやすい環境整備について、「女性が活躍しやすい社会」を実現するために、「所得税の配偶者控除の見直し案」が議論されています。

現在は、配偶者の年収が103万円以下なら世帯主は所得税の負担が軽くなるのに、年収103万円を超えると段階的に税負担が重くなります。年収103万円を超えると、世帯主への家族手当をなくす企業もあります。その結果、配偶者が年収103万円以内に収まるよう労働時間を調整することを、いわゆる「103万円の壁」といいますが、その壁をなくして女性も思う存分はたらけるようにするための見直しです。

見直し案は、「103万円」を「150万円」に引き上げる方向で進んでいます。パートではたらく配偶者が、47万円分長い時間はたらける。収入は増えると、政府は効果をアピールするでしょう。しかし、目標は「壁をなくして思う存分はたらけるように」でした。壁が残ることで、「女性が活躍しやすい社会」というより「パートが少しだけ長くはたらける社会」の実現に過ぎなければ、改革案を装った労働者不在の政策と言わざるを得ません。

「同一労働同一賃金」とは、同じ仕事、または類似した仕事を職務に分解してそれぞれに点数をつけて比べ、総和が同程度なら同水準の賃金を支払うことです。
ILO(国際労働機関:1919年創設。世界の労働者の労働条件と生活水準の改善を目的とする国連の機関)は、差別や偏見によって不当に低く見積もられた労働の再評価を目指し、同一の仕事はもちろん、異なる仕事でも価値が同じなら同じ賃金を支払う「同一価値労働同一賃金」を提唱しています。

安倍首相は「非正規という言葉をこの国から一掃する」とまで宣言して、同一労働同一賃金の実現を「働き方改革」の重要テーマに掲げます。非正規労働者の賃金を上昇させ、消費拡大につなげることが経済の好循環に欠かせないという事情からですが、日本型の雇用システムを根本から変えるのは困難と言わざるを得ません。「能力」「将来性」などで評価する(職能給)を採用してきた日本の会社は、(職務給)による評価である同一労働同一賃金に否定的な意見が根強いからです。

また、現在、正社員としてはたらく人からも不満が出ないような制度でなければ、「一億総活躍社会の実現」とは言えません。年功色が強い正社員の賃金と、仕事の「市場価値」が反映されやすい非正社員の賃金を同じ基準で測ることが難しいなか、連合を代表とする労働者側には企業寄りの改革が進むことへの警戒感も残ります。

2008年に経団連が発表した「経営労働政策委員会報告」には、「同一価値労働とは、将来にわたる期待の要素も考慮して、企業に同一の付加価値をもたらす労働である」と明記されました。これは、労働者がどのような劣悪な環境ではたらいていても、企業が「同一の付加価値」をもたらしたと認めなければ、賃金格差が縮まらないということです。

何をもって「価値が付加されたと判断するか」を、企業の判断に委ねることになりますから、恣意的な評価、差別・偏見を助長しかねません。また、それを防止するために「付加価値」そのものを数値化すれば、競争激化や過労死につながるおそれもあります。

長時間労働の問題は、行き着くところ過労死の問題です。労働時間に規制をかけるハード面はもちろん重要ですが、「残業しなくても、心苦しい思いをしない」といったソフト面の充実が不可欠です。
2016年12月4日の朝日新聞に掲載されたアンケートから、いくつか紹介します。

●「無理な長時間労働は確実に精神をむしばむ。1か月中に3日しか休みがなかったとき、終盤は、自分でも驚くほどネガティブな思考に陥っていた。好きなことをしているとしても、肉体と精神の疲労は避けられないのだと実感した」(愛知県・30代女性)

●「2012年、7か月間にわたり月200時間以上の残業を強いられました。更にプロジェクトのスケープゴートにされ残業代が支払われないばかりか降格されました。平日は、ほとんど徹夜で夜中の2時ごろ、よく会社の屋上から飛び降りたい衝動にかられました。いま生きているのが不思議なくらいです」(東京都:50代男性)

●「会社が裁量労働制を導入。給与は固定給だが、法律の上限まで働かないと帰ることが許されない。毎日22時まで働いて、土曜日は全て出勤しなければ上司から叱責(しっせき)を受けます。心身が疲弊してますます効率は落ちるし日曜日はベッドから抜け出せない。同僚も同じような生活でいつまでこの生活が出来るか心配で仕方ない。せっかく得た正社員の立場を捨てることも出来ず、毎日最小限の出費で出来るだけ貯金しています。多くの労働者が同じように劣悪化する職場環境に身を置き、一人ひとりが出費を抑えることでますます日本の経済が縮小すると思うと非常に心細くなる」(和歌山県・40代男性)

●「小売業です。定休日もなく開店前から閉店後も仕事は山ほどあります。会社からはサービス残業禁止と言われていますが、しないと終わらないし、残業を付けると仕事の優先順位を決めろと言われます。また、サービス残業が会社に見つかると本人、上司が降格処分を受けます。なので迷惑がかからないよう、サービス残業、休日出勤をしています」(三重県・40代男性)

●「子供が、長時間労働によって自死しました。最初、会社は三六協定により責任はないと説明して帰りましたが、労働基準監督署に相談して労災認定されました。子供を守ってやれなかったことが、悔やまれる。電通のように、表に出る以外の人たちの事例がたくさんあります」(愛知県・50代男性)

長時間労働に対応する制度があっても、機能しなければ意味がありません。有給休暇の取得を推進し、残業時間の目標値を設定する企業も少なくありませんが、目標達成そのものが目的になってしまえば本末転倒です。オフィス全館の消灯が、単なるデモンストレーションに終わらない工夫が必要です。

また、(一度過労で倒れ、休職した後に)復職した人の多くが「自分は役に立っていない」「職場から必要とされていない」と感じると語っています。すると、「次は、何があっても倒れるわけにはいかない」と無理をしてしまいがちです。「嫌なら会社を辞めればいいのでは」と言う人もいると思いますが、実際は、そう考える余裕もなくなっている人がほとんどです。「働き方改革」が、はたらく人のための改革になるためには、このような現場の視点や意見がより具体的に届くシステムが必要だと考えます。

出典元:朝日新聞・首相官邸ホームページ